13: 感覚・知覚・認知の障害

(公開日:2020年7月14日)

今週と来週は,感覚や知覚,認知,および思考の障害について取り上げてみたいと思います。感覚の障害といえば,視覚障害や聴覚障害がよく知られます。そこで,まず,目や耳といった抹消の感覚器官の障害について簡単にご紹介します。

 

視覚障害

みなさんの中にも,近視などが原因で眼鏡がないと視力が低くて困る人がいらっしゃると思いますが,視覚障害は,眼鏡やコンタクトレンズを使って矯正しても,十分な視力がない場合をさします。実際には,「視力」と「視野の広さ」で,以下のように障害等級が定義されています(厚生労働省:身体障害者障害等級表)。なお,同一の等級について二つの重複する障害がある場合は, 1級上の級とされます。

  • 1級
    • 両眼の視力の和が0.01以下のもの
  •  2級
    • 両眼の視力の和が0.02以上0.04以下のもの
    • 両眼の視野がそれぞれ10度以内で,かつ両眼による視野について視能率による損失率が95%以上のもの
  • 3級
    • 両眼の視力の和が0.05以上0.08以下のもの
    • 両眼の視野がそれぞれ10度以内で,かつ両眼による視野について視能率による損失率が90%以上のもの
  • 4級
    • 両眼の視力の和が0.09以上0.12以下のもの
    • 両眼の視野がそれぞれ10度以内のもの
  • 5級
    • 両眼の視力の和が0.13以上0.2以下のもの
    • 両眼による視野の2分の1以上が欠けているもの
  • 6級
    • 視力のよい方の眼の視力が0.02以下,他眼の視力が0.6以下のもので,両眼の視力の和が0.2を超えるもの

視覚障害はその程度によって「」(全盲)と「ロービジョン」(low vision, 低視力)に分けられます。の中には,明暗の区別はつく状態や,目の前の指の数程度ならわかる状態なども含まれます。ロービジョンには,視力が低い状態のほかに,見える範囲が狭い,明るいところでは見えるが暗いところでは見えにくいなどの状態も含みます。

また,「弱視」(amblyopia)という状態もあり,こちらは,幼少時の屈折異常や斜視,あるいは先天性白内障などが原因となって,視力の発達が正常に行われなかった状態をさし,ロービジョンの原因のひとつです。なお,日本の福祉領域では,慣習的にロービジョンの和訳として弱視という言葉が使われてきたため,混乱しないように注意してください。医学や心理学では,一般に,視機能が低下した状態を「ロービジョン」(私たちは通常和訳しないで使います),それに対して,発達的に生じた視機能低下を「弱視」と言います。

近視遠視は屈折異常によって生じるので,カメラのピントがずれたときのように映像がぼけるのが特徴です(下の図の最上段の横方向の変化)。それに対して,弱視は,幼少時に正常な視機能がもてなかったために,視覚に関わる神経系の発達が正常に行われないことによって生じます。その結果,眼球のレンズによる屈折異常を眼鏡で補正しても解決できない,コントラスト感度の低下がみられます(その見え方をシミュレートしたのが,下の図の縦方向の変化です)。

「近視」という状態は,下の図の2段目のように,レンズの屈折率が高すぎて,網膜よりも手前で焦点を結んでしまうことによって生じます。その逆に,「遠視」は,レンズの屈折率が低すぎて,網膜で焦点を結べないときに生じます(下図の3段目)。実際にはレンズの屈折率だけが問題ではなく,網膜までの距離も関係していて,日本人に近視が多いのは,眼球が奥に長い形状をしている(レンズから網膜までが遠い)から,光束が網膜に達する以前に焦点を結んでしまうためです。

レンズは,本来ならば球面状の形をもつので,上から見ても横から見ても同じ形状(同じ屈折率)であるべきなのですが,ラグビーボールのような楕円体状の歪みをもつことがあり,そのときに「乱視」が生じます。例えば,水平軸に沿って見ると正常だけれども,垂直軸から見ると近視の状態になっているというような場合は,垂直の輪郭だけがぼけてしまうというように,特定の軸に沿って,ピントのズレが生じるようになってしまいます。そのため,乱視をもつ人は,下のような図版を片眼で見たとき,特定方向の縞模様はくっきり黒く見えるけど,それと直角方向にある(90度ずれた)縞模様はコントラストが低く見えてしまいます(頭を傾けると,くっきり見える縞模様が変わります)。

 

視力や視野の問題とは異なり,「色覚異常」については,日常生活に支障や困難はありますが,障害者手帳の交付対象ではありません。

以前の授業でお話したように,私たちの色覚は,長波長の(赤い)光に反応する L錐体,中間の(緑の)光に反応する M錐体,短波長の(青い)光に反応する S錐体の3種類の錐体細胞によってもたらされています。生まれつき(先天的に)これらの錐体細胞のいずれか あるいは複数が機能しないと色の区別がうまくできない色覚異常の症状が出てきます。

L,M,Sの3錐体がすべて欠損している人は,桿体細胞だけで光をとらえることになり,色覚をもちません(桿体1色覚)。また,2つの錐体が欠損して,1つの錐体細胞しかもたない人も色覚をもちませんが(錐体1色覚),これはまれなケースで,1色覚の色覚異常のほとんどは桿体1色覚と言われます。

3つのうちの1つの錐体が欠損している人は「2色覚」といい,L錐体が欠損している人を「1型2色覚」,M錐体が欠損している人を「2型2色覚」,S錐体が欠損している人を「3型2色覚」といいます。また,1つの錐体について,欠損しているわけではないが機能に異常がある場合を「3色覚」といい(以前は「色弱」と呼ばれていました),L,M,S錐体の異常によるものを,それぞれ,「1型3色覚」「2型3色覚」「3型3色覚」といいます。

日本人では,1型と2型の2色覚と3色覚がほとんどで,出現率は,L錐体に関係する1型2色覚が9%,1型3色覚が15%,M錐体に関係する2型3色覚が30%,2型3色覚が46%と言われます。先天性色覚異常はメンデルの法則に従った遺伝的形質として表れます。L錐体,M錐体の遺伝子は性染色体であるX染色体に乗っており,劣性遺伝によって遺伝するため,女性(XX染色体)は仮に異常をもつX染色体をもっていても,もう一方のX染色体が正常であれば色覚異常が表れないのに対し,男性(XY染色体)はX染色体がひとつしかないので,X染色体に異常があるとすなわち色覚異常になります。そのため,先天性色覚異常は,男性の約5%,女性の約0.2%に見られ,男性に多く出現します。

…と,このような言葉での説明はわかりにくいと思いますので,次のリンクのページを見つけましたから,興味のある人はそちらをご覧くださいね。色覚異常の仕組みや見え方について図解入りでとてもわかりやすく説明してあります(リンク:色覚相談室)。

 

ちなみに,色覚異常の検査には,色覚異常をもつとわかりにくい色の組み合わせを使って作られたパターンから数字などを読み取る 色覚検査表を使って行われます(リンク:色覚異常の検査)。下の図は,日本人にはほとんどいない3型色覚異常だと見えにくい組み合わせで作ったものですが,みなさんはこのパターンの中に(私がマウスで書いたへたくそな)「あ」の文字が読めるでしょうか。

このような図版は,下のように3原色に分解してみると仕組みがわかります。すべての色は3原色の混色によってできていますが,このパターンでは,それを構成する赤と緑にはノイズしか含まれず,青の波長だけにパターン情報が入っているのですね。したがって,S錐体に機能異常がある3型色覚異常では読めないパターンとなるのです。

 

聴覚障害

聴覚障害には,伝音性難聴感音性難聴,その両方を併せ持つ混合性難聴の3種類があります。「伝音性難聴」は主に中耳に原因があるもので,音が小さく,聞こえにくくなります。「感音性難聴は」,内耳(蝸牛と有毛細胞)から脳の聴覚中枢に至る経路に原因があるものです(原因の多くは内耳といわれます)。感音性難聴では,音が小さく聞こえるだけでなく,歪んで聞こえることもあります。

身体障害者障害程度等級表の上では,聴覚障害は以下のように定義されています。

  • 2級
    • 両耳の聴力レベルがそれぞれ100dB以上のもの(両耳全ろう)
  • 3級
    • 両耳の聴力レベルが90dB以上のもの(耳介に接しなければ大声語を理解し得ないもの)
  • 4級
    • 両耳の聴力レベルが80dB以上のもの(耳介に接しなければ話声語を理解し得ないもの)
    • 両耳による普通話声の最良の語音明瞭度が50%以下のもの
  • 6級
    • 両耳の聴力レベルが70dB以上のもの(40cm以上の距離で発声された会話語を理解し得ないもの)
    • 一側耳の聴力レベルが90dB以上、他側耳の聴力レベルが50dB以上のもの

聴覚障害をもつかたには,生まれつきまたは言語獲得前(小さい子どもの時)に失聴した人と,事故や病気で聞こえなくなり中途で失聴した人(中途失聴者)がいます。前者の場合は,人の話を聞いて理解する能力の発達が阻害されるだけでなく,話す機能についても発達が遅れることから,早期の発見と適切な対処が重要になります。近年では,人工内耳手術が普及してきたことによって,補聴器の装用効果がほとんど認められないような重度の聴覚障害をもつ(障害等級2~3級の)子どもの言語発達支援環境は大きく前進してきたように感じています。

聴覚障害者のコミュニケーション方法については,聞こえ方や障害が生じた時期や これまでの生活などによって異なりますが,口話,筆談,通訳,要約筆記,手話など,さまざまな方法があり,多くの人は,いくつかの方法を相手や場面に応じて組み合わせたり,使い分けたりしています。また,文字や絵,図,写真,表情など,見て分かるものが大事な情報取得の手段となります(広島市障害者支援情報提供サイト)。

 

中枢性の感覚・知覚障害

中枢神経系(脳)の障害のために,感覚や知覚が障害されることもあります。

私たちの脳は,複雑な構造をもち,それらが全体として情報を処理・伝達してさまざまな心理機能をもたらしていることから,特定の部分が特定の心の働きに一対一に対応するというわけではありません。しかしながら,脳の損傷によってどのような心理機能が障害されるかを調べる「神経心理学」の領域における知見から,特定の認知機能とある程度対応している特定の脳領域があることがわかっています。脳の特定の機能が特定の領域によってもたらされているという考えを「機能局在」と呼びます。また,この「局在論」的な見方と逆に,脳は全体として機能をもたらしているという考え方は「全体論」と呼ばれます。

中枢神経系の細かな構造については,別の授業で習いますので,とりあえず大脳についてみれば,下の図のように,大脳皮質大脳縦裂という大きな裂け目によって,左半球右半球に分かれています。脳には「対側支配」という原理があって,左半球身体の右側の感覚と運動を,右半球身体の左側の感覚と運動を担当しています。

下の図は,大脳皮質を左から見たところです。横から見た大脳には中心溝(ローランド溝)と外側溝(シルビウス溝)という大きな溝があるのですが,それと後頭部にある後頭溝という小さな溝によって,大脳皮質は「前頭葉」「頭頂葉」「側頭葉」「後頭葉」という4つの葉に分けられます。

大脳の4つの葉には,大まかな機能局在(機能の偏り)があって,もっとも明確に局在化しているのが後頭葉です。私たちの後頭葉視覚情報の処理を専門に担当しているので「視覚野」と呼ばれます。他にも,感覚の入力を受けて処理を行う場所は比較的局在が明らかになっており,「聴覚野」は側頭葉後上部に,皮膚感覚を処理する「感覚野」は中心溝後部の頭頂葉に,「味覚野」は感覚野の中で舌を担当している頭頂葉下部周辺に,「嗅覚野」はこの図では側頭葉に隠れているのですが前頭葉下部(眼窩前頭皮質)を奥に入ったところあたりに存在します。また,中心溝前部には「運動野」があり,身体の随意運動を担当しています。さらに,その前部には「前運動野」といって,運動の計画に携わる部分が存在します。

感覚と運動を除くこれ以外の大脳皮質は「連合野」と呼ばれ,認知や判断,記憶,言語などの高度な心理機能(高次脳機能)を統合的にもたらしている部分です。側頭連合野は,私たちの記憶長期記憶)に関わっていることがわかっています。頭頂葉には,高次の感覚情報を統合しながら空間を把握し適応的に行動するための多感覚領域である頭頂連合野が存在します。前頭連合野は多様で高度な人間らしい処理を行っているところなので,ひと言では書けないのですが,ワーキングメモリ実行機能(の一部)や感情のコントロールを行う機能などがよく知られています。他にも,思考や推論,意思などという機能も前頭連合野と関連していると考えられています。

なお,右利きの人の約98%,左利きの人も30~50%が左半球に言語野をもつことがわかっています。人においては,2つの言語野が知られています。前頭葉の後下部には,口を動かす運動野の前側に「運動性言語野」(ブローカ言語野)があります。脳梗塞や脳腫瘍でこの部分に損傷を受けると,患者さんは,人の話を聞いて理解することには問題がないのに,しゃべることができないという症状(ブローカ失語)を示します。もうひとつの言語野が外側溝後端の側頭頭頂皮質にあり,「感覚性言語野」(ウェルニッケ言語野)と呼ばれます。ここに損傷を受けた患者さんは,人のしゃべることを理解することができなかったり,流暢にしゃべることはできるのだけれども 意味を整理して 間違わずに文章を構成させて話すことができない症状(ウェルニッケ失語)を示します。

 

感覚については,大脳皮質において機能が強く局在しているため,例えば視覚野に異常があると,「皮質盲」と呼ばれる見えない症状が生じますし,聴覚野に異常があると,「中枢性難聴」と呼ばれる感音性難聴が生じます。

大脳半球には対側支配の原則があるといいましたが,視覚については,下の図のように神経伝達が行われており,例えば,左側視野の映像は右側の網膜に写るのですが,それらは中脳の視交叉と呼ばれる器官でより分けられて,左右眼ともに右半球の視覚野に伝えられるような仕組みになっています。そのため,脳梗塞などの脳血管障害や脳腫瘍,あるいは交通事故などによる脳外傷で右後頭葉に損傷を受けると,反対側の左視野に見えない領域が生じます(損傷が左後頭葉だと右視野に見えない領域ができます)。このように,左右眼ともに同じ側の視野が見えなくなる皮質盲の症状を「同名半盲」と呼びます。

 

半側空間無視(空間失認)

同名半盲では,患者さんは半盲側の視野は見えないのですが,「見えない」のではなく,「見ない」ために視野の片方にあるものにぶつかったり,見落としたりする,「半側空間無視」あるいは「空間失認」と呼ばれる症状もあります。原因となる障害は後頭葉にある視覚野ではなく,主として「右頭頂葉」にあります。

下の図は,「抹消課題」という神経心理学検査を半側空間無視の患者さんがやった結果です(以下の図はすべてMcCarthy & Warrington, 1990による)。患者さんは用紙にかかれた線分について,すべて鉛筆で×印をつけなければならないのですが,左側の線分を完全に見落としていることがわかります。

半側空間無視において,患者さんが無視するのは左視野というわけではなく,下の図のように,絵を描写させてみると,対象ごとに左側が欠落して描かれるというように,対象の左側に注意が向かないという症状がみられることもあります。

 

対象失認

以前の授業(「6: 空間の知覚」)で,私たちの脳においては,後頭葉で処理された視覚情報は2つの経路に分かれて伝達されるとお話ししました。ひとつは,頭頂葉に向かう経路で,視覚対象が「どこにあるか」を認識します。右半球においてこの経路の先にある頭頂連合野が壊れると,左側に注意が向かない半側空間無視の症状があらわれるのです。

それに対して,もうひとつの経路は,側頭葉に向かい,視覚対象が「何であるか」を認識する経路です。この後者が壊れると,ときに「対象失認」と呼ばれる症状があらわれます。対象失認の患者さんは,ものを見ても,それが何であるかがわかりません。下の図は,対象失認の患者さんの研究や検査によく使われる図ですが,患者さんは,影と対象を見分けることができなかったり(左の図),普段と違う方向から見た写真で対象を認識するのが困難であったり(右上),影絵になると何であるかがわからなかったりすること(右下)が多いことがわかっています。

その一方で,対象失認の患者さんは,下の図のように,絵を見て模写をすることはできることが知られていますので,対象の特徴が見えていないわけではないことがわかります。

 

相貌失認

対象失認のために ものを見ても何なのかがわからない患者さんも,周りの人の顔はちゃんとわかっておられます。その一方で,ものについては区別がつくのに,人の顔がわからなくなる障害もあります。これを「相貌失認」といいます。相貌失認の患者さんは,下の図のように,顔の向きが違ったり,照明条件が変わったり,表情が変わったりすると,同じ人物かどうかがわからなくなることが知られています。

 

脳損傷患者の研究を中心に,脳の構造と機能を研究する神経心理学においては,脳の機能局在の証拠として「二重乖離」(double dissociation)という現象に注目します。二重乖離とは,Aという脳部位が損傷を受けたときにaという機能が失われるがbという機能は保たれ,Bという部位が損傷されたときにはbという機能が失われるがaという機能が保たれるならば,aとbの2つの機能は,それぞれAとBという独立した脳部位によって担われていることの証拠となるという考え方です。

相貌失認対象失認の間に二重乖離の関係があることは,私たちの脳には,ものを認識する回路とは別に,人の顔を認識するための回路が独立に作られている証拠と考えられています。なお,顔の認知については,人物の同定表情の識別の間にも二重乖離が存在することが知られていて,人物の同定は後頭側頭葉下部の紡錘状回という場所が,表情の識別には上側頭回という場所が,それぞれ重要な働きを担っていることなどがわかっています。

 

脳の話になると,解剖学の用語がたくさんでてきて難しく感じると思いますが,現代においては,脳の構造と心の働き(機能)の対応づけがいろいろとわかって来ていますので,それらの知識は人の心の問題をとらえるときにも重要な知見をもたらします。このような話題にも,徐々に慣れていきましょうね。

 

出席確認

 

引用文献

  • McCarthy, R. A., & Warrington, E. K. (1990). Cognitive neuropsychology: A clinical introduction. Academic Press.