1: オリエンテーション

(公開日:2020年4月17日)

「研究法A」を受講している人は,あれの第1回内容と比べるととても長いので,それなりの時間がかかると思います。…ですが,自己紹介の中にも知覚・認知心理学の重要なテーマを盛り込んでいますので,ぜひきっちりと読んでいただければありがたいです。

(よしだ)

講師自己紹介

社会臨床心理学科の吉田弘司(よしだひろし)です。この「知覚・認知心理学」の授業を担当します。心理の1年生は,私の「心理学研究法A」も履修されていますが,この授業は他学科の学生さんも数名受講されていますので,こちらのページで自己紹介をさせてください。

私は,出身は九州の佐賀県(佐賀市)で,大学への進学で広島に出てきました。その後,学生時代に2年2か月ほど,アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)という大学の脳・認知科学研究部門(Department of Brain & Cognitive Sciences)に留学していましたが,それを除けばずっと広島に住んでいます(広島大好き人間です)。ちなみに,MITへの留学は正確には学生として在籍していたわけではなくて,研究員(research specialist)の肩書で働いていました。MITといえば,ロボットや人工知能の開発で世界的に有名な大学ですが,私がそこで何の研究をしていたかというと,赤ちゃんの視覚発達を調べる研究です。工学で有名なMITという大学は,実は心理学と生理学の長い伝統をもつ大学でもあるのです。まずは人間のことを知らなければ,まともなロボットも人工知能も作ることはできませんから。

心理学に関連する仕事といえば,おそらくみなさんの多くは「カウンセラー」を連想すると思いますが,私はカウンセラーを養成する「臨床心理学」という分野とはかけ離れた「実験心理学」,「知覚心理学」,「認知心理学」,「神経心理学」などが専門になります(だから,今はやりの公認心理師でもないですし,もちろん臨床心理士の資格をもっているわけでもありません)。心理学の研究対象である「心」は「脳」によってもたらされていますが,私はどちらかと言えば,心よりも脳の研究をしているわけです(だから,2年次後期には「神経・生理心理学」という授業も担当することになります)。

大学というところは,高校までと違って,テキストに書いてあることを丸暗記で覚えるような勉強をするだけではダメで,答えのない問題に対しても,その答えを追求していくような問題解決の能力やスキルを身につけることが期待されます。そのために,大学では「研究」という活動が重視されますので,私を含め,大学の教員はみな,研究者でもあります。

私がやっている研究は大きく2つに分かれます。ひとつは,目から入った情報がどのように脳内で処理されて認識に至っているかを調べる研究で,この関連では主に「顔」の知覚・認知のメカニズムを調べています。もうひとつは,実験心理学がもっているテクノロジーを活用して障害や難病をもった子どもたちの発達を支援したり,認知機能が低下してきた高齢者のリハビリに役立つことをしようという研究です。これらの研究を,私のゼミの学生たちとの研究活動風景とともに簡単に紹介しましょう。その中で,知覚心理学や認知心理学のおもしろさについて,少しだけでも感じていただければありがたいと思います。

顔の研究

私たちは,それぞれがひとつずつ「顔」をもっています。「社会的動物」であるといわれる私たち人間は,この顔を使ってお互いを見分けています。とても重要な器官ですね。だから,私たちの脳は,顔をとても大事なものとして処理しています。その証拠を見てみましょう。

下に紹介した絵は,隠し絵になっています。森の中を流れる川の風景が描かれていますが,おわかりでしょうか。この中に実は13の「顔」が隠されています。そう言われれば,たくさんの顔が描かれていますよね。いくつ見つかりましたか? 私が気づいてほしいのは,岩や木だと思っていたものがいったん顔に見えてしまうと,それはもう岩や木には戻ってくれないことです。私たちにとって,顔というものはとても重要な刺激なので,脳はいったん顔を見つけるとそれはもう顔にしか見えないのです。これを顔優位性効果といいます。


Bev Doolittle (1985) “The Forest Has Eyes”(吉田,2003)

では,もうひとつ脳がもつ顔認知の特性を見てみましょう。下の写真は,1979-1990年の間,イギリスで首相を務めたサッチャー氏の写真です。逆さに貼り付けられた2つの顔のうち,左は普通の写真なのですが,右の写真はいたずらがされていて,目と口の部分を切り取って逆さに貼られています。ですが,顔全体が逆さのままで見たら,私たちはその違いをそんなに大きくは感じません。でも,この写真を普通の向き(正立)で見てみたらどうでしょうか(スマホであれば逆さにして,PC画面なら自分が顔を逆さにして見てみてください)。右側の(左側に変わった)写真はとんでもなくひどく(失礼)見えたのではないでしょうか。これはサッチャー錯視と呼ばれる有名な錯覚現象です。顔が大好きな私たちの脳ですが,実は,脳は逆さの顔の見方を知らないのです。


The-Thatcher-illusion-Thompson-1980(Tompson, 1980)

さて,では,先にお見せした隠し絵(おそらくもうたくさんの顔が見えてしまって,岩や木には戻ってくれなかったと思います)を,今度は逆さで見てみましょう。いくつの顔を見つけることができますか? あれだけたくさん見えていた顔が,一斉に消えてしまっていませんか? 私たちの脳は,逆さの顔を見つけることさえ難しいのです。


顔検出の倒立効果(吉田,2003)

この研究は,私が論文として発表しているものですが,元をたどると,みなさんたちの先輩と一緒にやった卒業論文研究(阿部・松本・山本,1998年度卒論「顔認知の初期過程に関する研究」)です。研究を始めるきっかけは,ゼミでおしゃべりしていたときに心霊写真の話題になって,「じゃあ心霊写真が見える理由(条件)を科学的に調べてみようか」と知覚心理学の実験を計画してやったものなのです。

「勉強」と「遊び」と言えば,高校までは「別物」だったのではないかと思いますが,大学では(特に研究の世界では),「勉強」と「遊び」の間に境界はありません。最近の私のゼミでは,CG(コンピュータ・グラフィックス)の技術とVR(バーチャル・リアリティ,仮想現実)の技術を組み合わせて,仮想の世界で人間に近い見た目のロボット(アンドロイド)を提示して,それを使って研究を行ったりなど,かなりおもしろい試みを行っています。下の動画は私たちのロボットを紹介するものです。顔は人間という自然の生き物がもつもの(自然物)なので刺激として集めるのが大変だから,顔を使った実験ってどうしても写真(2次元で動かない映像)を使うしかなかったり,実験の中でリアルに顔の表情や視線をコントロールしたいと思っても,人間って実験者が思うように行動してくれなかったりして,とても難しかったのですが,ロボットならこちらが思うようにコントロールすることができるんです。しかもCGで作られたロボットなので材料費はほとんどかからずに作れるんですよ。ちょっと気持ち悪く見えるけど(これも「不気味の谷」というロボットに対して見られる人間の心理反応です),こんな変?なものを使った研究とかも,何か新鮮でおもしろそうでしょう (^^)。

障害児支援や高齢者支援の研究

もうひとつの私の研究の柱は,実験心理学がもつ人間研究のテクノロジーを世の中のフィールドで人の役に立てることができないかという活動(実践研究)です。私たちがやる心理学の実験では,いろんな実験装置を使います。脳波計や近赤外分光法(NIRS)による脳血流計などを使って脳の活動を調べるなんてこともやるのですが,最近,私のゼミでやっている研究は,機械の目(センサ)を使って,障害児や高齢者の認知機能を測ったり,発達支援やリハビリに役立てようという研究です。

そのひとつに視線を調べる研究があります。下の動画を見てみてください。写真を見ているときの視線を記録したビデオです。これをみても,僕らの脳って顔が大好きなんだなってわかるでしょう。このような視線を調べる装置は,昔は数百万円していたのですが,今は2万円くらいのゲーム用のセンサでも人の視線を調べることができるんですよ(ただし研究用途には使ってはいけないなどの細かな制約があるので,データの記録をしようとすると多少追加料金がかかりますが)。

では,下の2つの写真を見比べてみましょう。(a)は大学生がさきほどの動画の会議シーン(人がコミュニケーションしている場面)を見ているときの視線,(b)は認知症を患った高齢者の方が同じシーンを見ているときの視線です。大学生が,写真に写った人の顔と,そこで行われていることを理解しようと手がかりとなるいろいろなところを見ているのに対して,認知症高齢者の方は,写真の真ん中あたりに視線領域が集約されているのがわかるでしょうか。これはこの春卒業(修了)したゼミの大学院生の研究の一部です(槇坂,2019年度修論「アイトラッキングを用いた高齢者の認知機能の評価」)。認知症になることで視野が狭くなることは最近知られるようになってきた事実のひとつです。


(a) 大学生の視線


(b) 認知症高齢者の視線

視線以外にも,今はAI(人工知能)とセンサ(機械の目)を組み合わせることで,人間の行動を機械で測定することもできるようになってきました。下の動画は機械の目が人の顔をとらえて,その人がどこに立っているか,こっちを見ているかどうか(顔を囲む枠の色が変わります),笑顔なのか…などをチェックしている様子です。「心理学研究法A」を受講している1年生には,授業のオリエンテーションで「観察法」という研究法を紹介しましたが,現代では,機械の目で人の行動を観察することもできるのです(もちろん,個人情報を収集するにあたって,その使い方については注意が必要です…が,世間ではすでにこの手のセンサは実用化されています。みなさんのスマホだって,今どんな年齢や性別の人たちがどんな場所に集まっているかを調べるツールとして使われていますものね)。

うちのゼミでは,このような技術を使って,子どもたちが身体を使って遊ぶゲームを作って,いろいろな施設や放課後教室などで遊んでもらっています。みなさんは「発達障害」という障害があることをご存じですか? 脳が成長するときにちょっとした機能上の偏りが生じてしまったために,日常生活などで問題を抱えやすい子どもたちがいます。重症の自閉症児のように非常に難しい問題を抱える子どももいれば,ちょっと落ち着きがないとか,人間関係が苦手だとか,場の空気が読めないとか,単なる性格の偏りととらえられるような軽い障害の子どももいます(普通の人々の中にもたくさんいますから,私たちもそうかもしれません)。そんな子どもたちの中に「発達性協調運動障害(DCD)」と呼ばれる身体の運動がぎこちない子どもたちがいるのですが,これもその程度はさまざまです。そこで私のゼミでは,子どもたちの遊びを通して,身体の運動機能を評価したり,改善できないかというような試みを,県内の複数の発達障害児支援施設と一緒にやっています。下の動画はその一例ですが,自分がミクミクダンスのキャラになって遊ぶってちょっと楽しそうではありませんか? 比治山大学のような文系の大学でも,今はやろうと思えばこんなことも可能な時代なのですよ。

この下の写真は,私たちが子どもたちやお年寄りと一緒に活動している様子です。私は学生さんたちとボランティアサークル「ひよこ」も一緒にやっています。ひよこは学生自主のボランティア活動組織,ゼミは研究を通した専門的支援を試行・実践するチームとして県内外のいろんなところに出向いて活動しています(「ひよこ」の仲間,募集中です! 希望者はよしだに連絡ください!)。

というわけで,自己紹介が無茶苦茶長くなってしまいましたが,こんな感じで,自分とゼミの話になると,私,止まりません (^^;)。そのくらい,いろいろな研究活動を,学内だけでなく,社会の現場でもやっています。私(単なるおじさん研究者)が一人でそれができるわけではなく,このような活動ができるのはゼミ生という仲間になって活動してくれる学生たちがいるからです。うちの学生たちは,重度の障害や重症の難病をもつ子どもさんやそのご家族の方たち,認知症で悩み不安を抱えるご高齢者たちとも,笑顔で明るく一緒に活動してくれる力強い仲間です。みなさんもぜひ一緒に外に出かけていって,人々の役に立つ活動をしましょう!(そのために,今はいろんな勉強をして,頭と心の基礎体力をつけてくださいね。)

…というわけで,やっと本題に入ります~(前置き長くてすまん)

 

「知覚・認知心理学」とは?

この授業で扱う「知覚心理学」や「認知心理学」という領域は,人の脳(つまり…「心」)が,感覚受容器を通して得た情報を処理して認識する過程(つまり…「見る」,「聞く」,「理解する」,「覚える」,「考える」など)の仕組みと,そこで行われている情報処理について研究する分野です。

これがどんなことに役立つかというと,まず,日常における人の行動やコミュニケーションを,情報の処理・伝達という科学的な視点から理解することを可能にします。一般の人は,「コミュニケーション」といえば「おしゃべりをする」くらいのとらえ方しかしないかもしれませんが,我々は,言語というものがどのように脳内に蓄えられていて,それがどういう過程を経て音声言語として発せられるのかとか,聞き手側であれば,単なる空気の振動である音声が,どのように処理をされて人の言語として再符号化されるのかといった点から理解することになります(むずかしいですね~)。でも,こういう知識を人類がもつからこそ,現在,情報処理装置であるコンピュータで(あるいはみなさんが今,手の中にもっているスマホで)人が発する音声を認識して,理解し,受け答えをするような人工知能(AI)も作られるようになっているわけです。また,認知過程について理解することによって,感覚器(視覚や聴覚など)の障害や,脳機能の障害によって生じるさまざまな認知障害についても,正しく理解し,対処するための方法を考えることができるようになります。

そのとても初歩的な段階の知識を,この授業ではみなさんに教えていくことになります。

感覚・知覚・認知

「感覚」,「知覚」,「認知」ってどう違うの?…と思う人もいると思います。これらの境界はきっちりと明確なわけではありませんが,とりあえずはレベルの違いとして考えてください(下図)。

私たち(私たちの脳=私たちの意識)は,「五感」といって5つの感覚を使って外の世界から情報を得ています。この五感のことを専門的には「感覚モダリティ」(感覚様相)と呼びます。耳慣れない言葉だと思いますが,「モダリティ」とは,何かを経験するときに使われる異なる経路のようなものとイメージしてください。

5つの感覚モダリティ(括弧内は感覚器官)

  • 視覚)…光の情報を脳に伝えます
  • 聴覚)…空気の振動を脳に伝えます
  • 皮膚感覚皮膚)…身体への圧力や温度などを脳に伝えます
  • 味覚)…食べ物の化学的性質を脳に伝えます
  • 嗅覚)…空気中の成分の化学的性質を脳に伝えます

これに対して,感覚,知覚,認知は,おおよそ次のような働きをさす用語として使われます。

  • 感覚(sensation)…「刺激感覚受容器求心性神経→脳の感覚中枢」という感覚系の興奮によってのみ規定されるような過程(要するに「感じる」ということで,「見える」や「聞こえる」というレベルです)
  • 知覚(perception)…感覚よりも,より全体的・統合的な外界情報の把握の段階です(要するに「知る」ということで,「何が見える」,「何が聞こえる」というレベルです)
  • 認知(cognition, recognition)…知覚よりも,より過去経験に規定され,記憶・思考・言語などの影響を受ける過程をさします(「認める」ということで,「見たり聞いたりしたものの意味を知る」というレベルになります)

これらの言葉は覚えておいてください。

歴史の中の知覚・認知心理学

心理学の歴史において,知覚心理学や認知心理学はどのように発展してきたのでしょうか。ここではそれを説明させてください。

心理学の始まり

1879年に,ヴント(Wundt, W. M.)という研究者がドイツのライプチヒ大学に最初の心理学実験室を作りました。その年が,心理学が誕生した年だというのが通説です。ヴントさんは哲学教授として大学に赴任したのですが,哲学は「実験」をすることはありません。したがって,実験室を作ったということで,「心理学」は哲学とは違う道をたどり始めたと考えられているわけです(ちなみに,私がいつもいる10号館4階が心理の実験室です。授業・会議・出張のない時間帯は,いつも学生さんの実験室利用のお世話をしていますので,ぜひ空き時間に見学においでください)。

ヴントさんは,経験科学としての心理学研究を行いました。その研究手法は「内観法」と呼ばれる方法で,自分の精神の内面を観察することによって,意識を観察・分析して,「意識とは何か」という問題の答えを見出そうとしたのです(ヴントさんは「実験心理学の父」と呼ばれる人ですが手法としてはまだまだ哲学的ですね)。彼は,感覚を通して得た経験が心的要素となり,それが寄せ集まることで意識が構成されると考えたので,彼の考え方は「要素主義」とも呼ばれます。

心理学誕生前の哲学

ヴントさんが,心(意識)が心的要素の寄せ集めであるという要素主義の考え方をとったのには,それ以前の哲学の影響があると考えられています。ヴント以前の哲学では,「連合主義哲学」(「連合心理学」と呼ばれることもあります)が隆盛を極めていて,人の心は,経験心的要素となって,それが連合してできる「心的複合体」なんだと考えられていたのです。

ちょうどそれと同じころに,世界では自然科学が猛烈に発展してきており,その中で,経験を取り入れる「感覚」についての研究が流行っていました。感覚研究を行った有名な研究者(物理学者や生理学・解剖学者など)には,例えば,以下のような人たちがいます(「万有引力の法則」で有名なニュートンも,流行を追っかけて感覚研究をやっていたのですよ)。

  • ニュートン(Newton, I.)…『光学』を著した(1704,光と色を見る目の仕組みについて研究)
  • ドルトン(Dalton, J.)色覚異常(色盲)の研究を行った(1794,ご本人が色盲だった)
  • ウェーバー(Weber, E. H.)…触覚(重量感覚)の研究を行った(「ウェーバーの法則」で有名)
  • フェヒナー(Fechner, G. T.)…『精神物理学原論』(1860,「フェヒナーの法則」で有名)

このような,哲学と自然科学を融合させて新しい研究を始めちゃおう!…と,ヴントさんは考えたんですね(たぶん)。

ゲシュタルト心理学の台頭

では,感覚よりちょっと水準が上の「知覚」の研究についてはどうでしょうか。心理学の歴史の中で,知覚というちょいオタク?なテーマについて大々的に研究して有名になった学派があって,その名を「ゲシュタルト心理学」といいます。「ゲシュタルト」(Gestalt)って聞きなれない言葉だと思いますが,「かたち」(形態)という意味のドイツ語だと理解してください。

ウェルトハイマー(Weltheimer, M.)という人(仮現運動という知覚現象の研究で有名)が始めたこの学派ですが,その特徴は,「知覚は決して部分の寄せ集めではない」という心理現象の全体性を強調したところにあります。例えるなら,私たちは「葉っぱ」の1枚1枚を見るよりも「木」というまとまりを見ようとします。また,「木」の1本1本を見るよりも「山」というまとまりを見ようとします。知覚というものは,要素のひとつひとつをとらえるのではなく,全体としてのまとまりをとらえるんだという考え方です。知覚がまとまることを,ゲシュタルト心理学者たちは「知覚の体制化」(perceptual organization)と呼び,どのような仕組みで知覚がまとまるのかの法則を調べる研究をたくさん行いました。その結果,彼らは,知覚というものは,できるだけ「簡潔」で,できるだけ「よいかたち」の方向にまとまる傾向があることを見出しました。これを「プレグナンツの法則」と呼びます(実際には細かくたくさんの法則が発見されているのですが,それは後の授業で紹介します)。

とにかく,このゲシュタルト心理学によって,「知覚」という心理的には比較的低レベルの心の働きにも注目が向けられるようになったのです。

行動主義の台頭

「心理学研究法A」の授業で説明しましたが,人間の心というものは直接目にすることも,手に取ることもできません。でも,「心」は「行動」に影響を及ぼし,行動は直接見ることができますから,ちょっとした工夫をすれば測ることもできます。そこで,心理学は別名「行動科学」と呼ばれるように,行動を測定することで心の法則(つまり「心理」)を解明しようと試みます。

心理学の歴史において,「行動」の重要性を唱えたとても重要な人物がいます。それがワトソン(Watson, J. B.)です。彼は,1913年に『行動主義から見た心理学』(“Psychology as a Behaviorist Views It”)という論文を発表し,その中で,人間の心は直接的には科学の対象とはなりえず,(ヴントの)内観法や,意識の生み出す言葉による分析には科学的意味はない。よって,心理学は,刺激(stimulus, S)と反応(response, R; 行動)の関係性のみを研究対象とすべきだと主張します。

いろいろな意味でワトソンさんは極端な主張をした人として知られますが,彼が唱えた行動主義は,科学的心理学の基礎として非常に大きな影響を及ぼしました。

認知心理学の誕生

ワトソンの考え方は,心はある意味「ブラック・ボックス」(中を覗くことのできない箱)のようなものであり,その内側を知ることなんかできないというものです。だから,ヴントの要素主義のように,意識(心)がどのように作られているかなんて知る必要はないということになるのですが,でも,心の作り(構造)はわからないとしても,心の働き(機能)という観点からみると,ちょっとぐらい中を覗いて調べてみたいですよね。

ナイサー(Neisser, U.)は,1967年,『認知心理学』(“Cognitive Psychology”)という本を出版し,その中で人間もコンピュータのような情報処理系とみなすことで,その中で行われている処理過程プロセス)を情報処理という観点から研究することができると提唱しました。認知心理学の誕生です。

だから,認知心理学は情報科学コンピュータ・サイエンス)とは仲良し?で(ライバルかも?),考え方が共通しています。コンピュータというものは,「ハードウェア」(叩くと固い機械の部分ですね)と「ソフトウェア」(内部で動くプログラムやデータですね)が組み合わさっていろいろな情報処理を行います。人間も,「脳」というハードウェアの中で,「心」というソフトウェアが働いていると考えることができます。ソフトウェアであるコンピュータ・プログラムには,さまざまな情報処理課題を解くための手順(アルゴリズム)が存在しますが,人間の心にも同様なプロセスがあると考えるわけです。さらに現代では,神経科学脳科学)が大きく発展してきて,脳の構造(作り)と機能(働き)についてたくさんの知見が得られるようになってきました。そこで,心理学-情報科学-神経科学が一緒になって「認知科学」(Cognitive Science)と呼ばれる広領域の学問分野を形成して「心」に関するエキサイティングな研究が活発に行われています(最近では人工知能の進歩も心の理解に大きなインパクトを与えてくれています)。

この授業では,感覚-知覚という人間が外界から情報を取り込む基礎的な仕組みから,認知というより高次な心の働きまで,いろいろな研究を紹介しながら一緒に学んでいけれればと思っています。

どうぞよろしくお願いします。

 

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