8: 記憶の分類

(公開日:2020年6月9日)

前回の授業では,パターン認知におけるトップダウン処理や注意の問題を扱いました。私たちの認知は,過去の経験や知識,期待などによって変化しますし,注意や意識を何に向けるかで見えるものも変わります。

人の主体的要因が影響するときに,「記憶」が果たす役割は小さくありません。そこで,今日は,「記憶の分類」と題して,私たちの記憶がどのような作りになっているのかについてお話ししたいと思います。

 

記憶の3段階

「知覚」においては,私たちが何かを認識するとき,そこに刺激が存在するのが一般的ですが,「記憶」を意識するときには,刺激対象は過去のものであって,今,目の前には存在しないこともしばしばです。記憶には,少なくとも,以下に示す3つのステップ(段階)が必要と言えます。

記銘(符号化)

私たちが何か記憶するためには,(当然ながら)まず,記憶すべき情報を何らかの形で覚えなければなりません。この覚える過程のことを,心理学では古くから「記銘」(memorization)と呼んでいました。ちなみに,認知心理学は,人間が行っている心的過程を情報処理装置であるコンピュータになぞらえて理解しようとします(コンピュータ・アナロジー)。コンピュータの内部では,映像も音声も,言葉でさえも,すべての情報は0と1というスイッチのオンオフに相当する2進数で表現されます。情報を,コンピュータの内部表現である2進数に変換する過程を「符号化」(encoding)と呼ぶので,「記銘」のことを,認知心理学では「符号化」と呼びます。

保持(貯蔵)

記銘(符号化)した情報を,その場で言っても普通は「記憶できた」とは認めてもらえません。「記憶」というからには,覚えた情報をしばらく頭の中に保管しておく必要があります。この一定時間情報を保管しておく機能を,伝統的な心理学用語では「保持」(retention)と言います。この働きは,コンピュータでは「貯蔵」(storage)と呼びますのでこの用語も覚えておきましょう。

想起(検索)

保持された情報も,思い出すことができなければ「記憶できた」とは認めてもらえません。この思い出す過程を,「想起」(recall)と呼びます。人間には複雑な想起の過程ですが,コンピュータにおいては,単にディスク装置に貯蔵されているデータを辞書を引くように引き出してくる操作のことですので,この過程を認知心理学では「検索」(retrieval)と言うことがあります。

これらの「記銘-保持-想起」という3段階の過程がそろってはじめて私たちの記憶は成り立ちます。情報処理という考え方で人間がやっている記憶過程を問題にする認知心理学では,この3段階を「符号化-貯蔵-検索」と呼ぶことはしっかり覚えておきましょうね。

 

記憶の測定方法

符号化された情報が一定時間貯蔵された後,検索に成功すると「記憶が確認された」と考えられますので,記憶を測定しようとすれば,私たちが記銘した情報を,想起できるかどうかを実験で確かめることになります。実験課題として,記憶を測ろうとするときには,「再生」と「再認」の2つの方法があるので,それについても少しお話ししておきます(過去の実験研究についてお話しする中で,これらの用語がでてきますので)。

再生課題

再生課題とは,「さっき覚えたものを言ってください」というような教示を与えることで,覚えた材料を参加者自身が思い出して再現する方法です。よく用いられる方法に「自由再生」という方法があります。自由再生法では,記憶として覚えている材料を,記銘した順番とは関係なく,思い出した順に再生してもらいます。「同じ学科の同級生の名前を知っているだけ書きだしてください」などというのが典型的な例でしょうか。自由再生法では,再生する順番は不問なのですが,電話番号などでは,覚えたときと再生するときで順番が違ってしまうとまったく違う番号になってしまいます。このように順番を問題とする再生課題のことを「系列再生」と言います。実験によっては,参加者にヒントを与えて,それを手がかりに想起してもらうことがあります。これを「手がかり再生」と言います。よく使われる手がかりとしては,覚えた単語の最初の文字を提示したり,覚えたもののカテゴリーを(「果物です」とか「野菜です」というように)ヒントとして与えるものがよくみられます。

再認課題

再認課題では,記憶をテストする際に,参加者に刺激項目を提示して,どれが覚えたものかを指摘させる方法をとります。授業のテストで言えば,「世界で最初の心理学実験室を作ったのは誰ですか?」というような自由記述型のテストは上の再生課題によるテストで,選択肢(例えば,a. ウェルトハイマー,b. ヴント,c. エビングハウス)から正解を選ばせるテストは再認課題を使ったテストと言えます。実際の記憶実験での使い方には大きく分けると2種類あって,参加者にたくさんの刺激項目を提示して覚えてもらった後,「単一項目」型の再認課題では,1つずつ項目を提示して,それが覚えたもの(旧項目)か,そうでないもの(新項目)かを答えさせます。それに対して「強制選択」型の再認課題では,2つの刺激項目を提示して,どちらが覚えたもの(旧項目)かを答えさせます。「強制」とつく選択方法では,「わからない」という選択肢はなくて,わからなくても,「たぶんこちらかな」というほうを選んで答えてもらいます。

 

記憶の多重貯蔵モデル(二重貯蔵モデル)

心理学で記憶について勉強するときに,必ず習うのが「短期記憶」(short-term memory, STM)と「長期記憶」(long-term memory, LTM)という2つの記憶システムの存在です。私たちの記憶は,短期と長期の2つの記憶システムからできているのですね。また,それに加えて,「感覚記憶」(sensory memory)という記憶システムもあるので,それについても合わせて説明しましょう。

短期記憶と長期記憶の2つの記憶システムについて紹介するとき,アトキンソンとシフリンの「多重貯蔵モデル」(二重貯蔵モデル;Attkinson & Shiffrin, 1968)に基づいて紹介されることが多く,ここでも,その論文の図を作り変えた下の図を使って説明したいと思います。この図では,外界からの情報は,まず「感覚記憶」に入ります。その感覚記憶において,注意を向けた情報が「短期記憶」に入ってきます。短期記憶は,その名の通り,情報を短時間だけ貯蔵しておける記憶です。この中の記憶は消えやすいので,「リハーサル」といって,情報を何度も心の中でつぶやく(唱える)ことで忘却を防ぎます。また,短期記憶は,別名,「ワーキングメモリ」とも呼ばれて,そこにある情報は私たちの意識に上り心的操作の対象となります(計算をしたり,言葉を紡いだり,いろいろな心の働きがこの短期記憶の中で行われます)。短期記憶の中で重要な情報はさらに「長期記憶」に転送されます。長期記憶は,その名の通り,長期間にわたって記憶を保持しておける情報貯蔵庫です。長期記憶は大容量永続的な情報記憶装置なのですが,そこにある情報は,普段は意識されることがありません(あなたの家の住所や電話番号って,言われたら意識されますが,それまでは意識の外にあったでしょう?)。このように,記憶を思い出すためには,図書館の本棚のような長期記憶に収められた情報を,検索して手元にもってくる(意識の下にある短期記憶にもう一度呼び出す)必要があるのです。

それでは,それぞれの記憶システムについて,見ていきましょう。

 

感覚記憶

外界からの情報は,まず「感覚記憶」によって写し取られます。感覚記憶は,感覚モダリティごとに存在すると考えられていて,視覚の感覚記憶は「アイコニック・メモリ」(iconic memory),聴覚の感覚記憶は「エコイック・メモリ」(echoic memory)という名前でよく知られています。視覚の感覚記憶は,眼に写った刺激が「残像」のように神経系の興奮として残っているようなものとイメージしていただければと思います。先週説明したパターン認識の特徴分析モデル(パンデモニウムモデル)では,映像をとらえる「イメージデーモン」として,この感覚記憶が描かれていました。この感覚記憶は,見たものがすべて記録されていて大容量なのですが,持続時間は1秒以下と短く,新しい情報が入ってくるとそれに上書きされて消えてしまいます。ちなみに,新しい情報に上書きされて消えることを「マスキング」と言います(覆い隠されて見えなくなるという意味です)。下にビデオを作ってみたので,感覚記憶とマスキング効果を体験してみましょう。

下のビデオは,瞬間視力を測る実験のビデオです。画面に6桁の数字が一瞬提示されるのですが,読み取れるでしょうか。6桁の数字は下の表にあるような条件で提示されています。一番最初に提示される数字列(3 6 2 9 4 2)は16.7ミリ秒(60分の1秒)という ほんの一瞬しか提示されません。みなさんは読み取れるでしょうか? 提示時間は60分の1秒ずつ伸びていきます。6桁全部読み取れるのは何ミリ秒提示されたところでしょうか? 全部読み取るのは難しくても,一番短い16.7ミリ秒の提示時間でも左の3桁くらいや 右端の数字は見えるのではないでしょうか? このように短時間でも私たちが数字を読み取れるのは,一瞬提示された数字パターンの映像が,私たちの感覚記憶にとどまっていてくれるからです。(追記:パソコンやブラウザなどの環境によっては16.7ミリ秒の短時間再生はできない場合があるようです。それが原因で見えない場合はご容赦くださいね。)

 

感覚記憶は,新しい情報によって簡単に上書きされてしまうので,次の実験では,それを体験してみます。今度は,6桁の数字列を出す前後に,「ランダムドット」という コンピュータで白黒をでたらめに発生させて作ったパターンを提示します。このランダムドットには形の情報はないのですが,実験で短時間刺激を提示するときに,感覚記憶に残存する情報をマスキング効果によって消す(上書きする)ことができることが知られています。最初に出てくる16.7ミリ秒だけ提示される数字列(9 6 6 5 5 6)がどのくらい見えるかに注目してビデオを見てみてください。さて,さっきは数字が出ていることは十分にわかった16.7ミリ秒の時間で,数字をとらえることはできるでしょうか?

前後にランダムドットが提示されるだけで,50ミリ秒以上の提示時間がないと,とてもではないけど数字が読めないことがわかったと思います。

私たちの脳が感覚情報を処理するのには多少の時間が必要です。その時間の間,情報を保持してパターンを認識するための手助けをしてくれるのが,感覚記憶なのです。視覚の感覚記憶であるアイコニックメモリは1秒以内で消えてしまう短時間の記憶ですが,聴覚の感覚記憶であるエコイックメモリは,数秒間は持続することが知られています。駅の音声案内などで,自分の乗る電車に関する情報が流れたとき,「あっ,自分の電車のことだ!」と思って注意を向けてからでも,その前に流れていた音声をさかのぼって意味を理解することができるという感覚をもったことは,みなさんもあるのではないでしょうか。聴覚情報は,特に音声言語の認識などでは,数秒に渡って脳は情報を分析する必要があるので,感覚記憶も長めの持続時間をもっているのです。

 

短期記憶

感覚記憶の情報のうち,私たちが注意を向けた情報は「短期記憶」に入ってきます。短期記憶は,現在の認知活動に能動的に短時間だけ利用される記憶システムです。例えば,相手から聞いた電話番号をメモを取るまでの間,私たちは一時的に覚えておくことができます。その時に使われているのが,短期記憶と言えます。短期記憶は,時間的な制約をもつだけでなく,その容量にも制約があります。ミラー(Miller, 1956)は,「無意味綴り」と呼ばれるランダムな文字列や,数字列を参加者に示して,その直後におうむ返しに正しく再生できる最大の桁数を求める実験を行いました。その結果,短期記憶の容量は,彼が言うところの「魔法の数字 7±2」であると結論しました。この記憶の容量は,単に7個の文字や数字というわけではなく,意味を持ったまとまりが単位となります。ミラーは,この意味をもつ情報のまとまりのことを「チャンク」(chunk)と呼びました。私たちの身の回りでも,電話番号は,固定電話の場合は市外局番を除くと7桁が一般的です(比治山大学の代表番号は229-0121ですね)。郵便番号も7桁です(比治山大学の郵便番号は732-8509ですね)。この桁数は,私たちの記憶容量を考えて作られているわけです。なお,短期記憶の保持時間については,計算などをやらせることでリハーサル(心の中で情報を繰り返してつぶやくこと)を妨害すると,数秒から十数秒で情報が失われることがわかっています。

では,ここでちょっと実験をしてみましょう。メモ用紙を1枚用意してください。この下に2つずつ音声リンクが並んでいます。上の方をクリックすると,音声ガイドで数字を読み上げますので,その数字を覚えてください。音声の最後で「はい,どうぞ」と言いますので,それを聞いたら,メモ用紙に数字を書きだしてください。下の方の音声リンクは答え合わせです。レベルは数字の桁数です。何桁まで,記憶することができるでしょうか。ミラーがいう魔法の数字(短期記憶容量の限界)を 体験してみてください (^^)。

レベル3(3桁)

レベル4(4桁)

レベル5(5桁)

レベル6(6桁)

レベル7(7桁)

レベル8(8桁)

レベル9(9桁)

レベル10(10桁)

 

(再開します)

昔は,短期記憶といえば,「無意味綴り」と呼ばれる(例えば「く は つ ら せ ぬ け」というような)意味のない言葉や,数字の羅列を覚えるような単純な記憶システムであって,実験室の中だけで研究されるようなものだと思われていたところが大きかったのですが,現在では,短期記憶は「ワーキングメモリ」(「作業記憶」あるいは「作動記憶」と訳されます)と呼ばれるダイナミックな記憶システムであり,私たちの日常生活を支える 非常に重要な役割をもっていることがわかってきて,大きな注目を浴びています。短期記憶は,単なる一時的な情報の置き場でなく,心的作業心的操作)を行う場所なのです。

大工さんが何かを作るところを想像してみてください。大工さんの仕事場の作業台には,材料となる木材(記憶する情報)が置かれますが,それと合わせて,いろいろな工具も置かれていて,そこで材料を組み立てて犬小屋を作ったりします。つまり,その場所は,材料置き場のほかに,作業スペース(処理のための場所)としての役割ももつわけです。

先ほどの実験のメモを裏返してください。7桁まで答えられた人は,もう一度7桁の数字を聞いて覚えて,「はい,どうぞ」と言われたら,それを「逆順」にメモ用紙に書き出してみてください(たとえば「3 8 5」だったら「5 8 3」と書き出します)。

 

(ここでやってみてください)

 

とても難しくなりましたよね。5桁くらいが限界でしょうか。数字の順番を入れ替える心的作業のために心の中の作業台のスペースが取られてしまったわけです。

このようにワーキングメモリである短期記憶には,記憶項目の保存(貯蔵)のためのスペースと,作業台(処理)のためのスペースを設けることができて,一方のスペースを多くとると,もう一方のスペースが小さくなるという「トレードオフ」の関係があります。

バッデリー(Baddeley, A. D.)という研究者は,ワーキングメモリのモデルを提唱しており,ワーキングメモリの中には,「音韻ループ」(phonological loop)と呼ばれる 聴覚的に得た言語情報などをリハーサルして保持する短期記憶システムと,「視空間スケッチパッド」(visuospatial sketchpad)と呼ばれる 視覚的な情報を保持するための短期記憶システム,そして「中央実行系」(central executive)という 2つのシステムを制御しながら心的作業を行ったり,長期記憶との情報のやり取りを行うシステムからできていると提唱しました(下の図がそれを超単純化して表したものです)。その後,このモデルは修正されながら,単なる記憶のシステムにとどまらず,私たちの注意意識の働きを取り込んだモデルとして発展してきています。

 

長期記憶

「長期記憶」は,現在の認知活動に使用されてはいないが,潜在的には利用可能な永続的な記憶です。例えば,自分の家の電話番号は,いつも意識されているわけではありませんが,長期記憶という図書館の本棚には記録されていて,必要なときには検索して,短期記憶に引き出してくることで,意識することができます。

長期記憶にはどのような記憶が含まれているのでしょうか。スクワイヤー(Squire, 1987)という研究者は,記憶には以下のような分類があると述べていて,これが長期記憶の分類として有名なので紹介しましょう。

長期記憶はまず,宣言的記憶と手続き的記憶に分かれます。

宣言的記憶

宣言的記憶」とは,(大げさな用語ですが)単に「言葉で表すことのできる」記憶のことだと思ってください。「陳述記憶」と書かれた本もあります。宣言的記憶の多くは「顕在記憶」であり,私たちはそれを意識することができます。この宣言的記憶には,「エピソード記憶」と「意味記憶」があります。

エピソード記憶

エピソード記憶」とは,いつ,だれが,どこで,なにを,どうしたというような日常的な出来事についての記憶です。一般的に「思い出」と呼ぶような記憶だと思えばいいでしょう。昔の出来事は,私たちの心に思い出としてたくさん残っていますよね。

意味記憶

意味記憶」は,「知識」と呼ばれるような記憶です。イヌは動物であるとか,言葉の知識など,いつ,どこで覚えたかなんてもう忘れていて,エピソード記憶とはいえないのですが,消えない記憶として私たちの中に存在しています。

手続き的記憶

手続き的記憶」は,言葉によらない記憶で,「非陳述記憶」と呼ばれることもあります。この手続き的記憶は,「潜在」的な記憶として,意識せずとも形成されている場合があります。

技能

技能」は,代表的な手続き的記憶です。例えば,「自転車の乗り方」は,技能のひとつであって,消えない記憶として私たちの中にあります。「この間まで自転車に乗れたんだけど,今朝になったら乗り方忘れちゃった」なんて人はいませんよね。技能というものは,いったん覚えたら忘れません。でも,技能は,記憶なのだけれども,言葉でうまく説明できるようなものではありません。

プライミング

プライミング」については,授業の後の方で詳しく説明しますが,ここで言うプライミングは「直接プライミング」とか「反復プライミング」と呼ばれるものです。下の言葉をじーっと見てみてください (^^)。

はい,それでは,下の言葉の「○」にひらがなを入れて言葉にしてください。

当然ながら,「いるか」という言葉が浮かんできましたよね。他の言葉を思いついた人は少ないかもしれません。ですが,「いるか」という言葉を見せないで「○ る ○」で言葉を作らせると,多くの人は「くるま」という言葉を作るのですよ。でも,「いるか」を見せられると「いるか」しか思い浮かばなくなるのです。これをプライミング効果直接プライミング,反復プライミング)と言います。プライム(prime)は「導火線に火をつける」という意味があるのですが,脳の神経ネットワークを「発火」させることで,無意識的(潜在的)に記憶を植えつけることができるのです。この効果は長期にわたることがわかっていて,意識的には覚えたつもりはなくても効果がみられることから言葉では説明できない手続き的な長期記憶に含められています。「ピザ」という言葉を10回言わせた後,腕の関節を指さして「これなんて言う?」と聞くと,多くの人はつい「ひざ」と言ってしまいます(「ひじ」なのに)。この効果と同じですね (^^)。

古典的条件づけ

心理学概論の授業で,もう「パブロフのイヌ」の実験について習ったでしょうか? パブロフが行ったイヌの実験では,イヌにエサを与えるのと同時にメトロノームの音を提示することを繰り返しました。すると,イヌは,エサがなくても,メトロノームの音を聞いただけでよだれを出すようになりました。エサに対する反射である よだれを出すという反応が,それとは関係のない音刺激に対して出るように「条件づけ」が生じたのです。これを「古典的条件づけ」と言います。このような条件づけも,技能と同じように,潜在的に学習されて,長期間持続することが知られていて,手続き的記憶に分類されます。

非連合学習

古典的条件づけは,「連合学習」と言って,もともと自動的に「よだれ」を誘発する「えさ」という刺激(無条件刺激)と,「よだれ」とは関係ない「音」という刺激(条件刺激)を繰り返して対提示することで,2つの刺激の関係性が学習されて,条件刺激に対してよだれが出てしまう条件反応が観察されるものです。これに対して,「非連合学習」とは,単一の刺激を繰り返して提示することで生じる学習で,「馴化」(habituation)という馴れの成立と,「鋭敏化」(sensitization)が知られています。これも,いったん学習されると長期間持続するので,長期記憶と考えられています。

 

以上のような記憶の分類については,それぞれ脳の異なる部位との関連がある程度はすでに知られています。アルツハイマー型認知症の初期にも見られる内側側頭葉の障害は,日常の記憶であるエピソード記憶を障害することが知られています。その一方,エピソード記憶の障害がある 初期の認知症患者さんでは,言葉の記憶など意味記憶は失われていませんし,編み物などの技能の記憶も失われていないことが多くみられます。その一方で,側頭葉前方が萎縮する障害をもつ患者さんでは,意味記憶の障害が頻繁にみられるようになります。また,大脳基底核や小脳といった 運動に関わる脳領域が障害されると,手続き的記憶の障害がみられます。短期記憶であるワーキングメモリに関しても前頭前野や前部帯状回のほか,頭頂葉や大脳基底核の一部との関連がわかっています。

記憶は,私たちが日常生活を送るのに非常に重要な役割をもっていますので,脳機能に影響を及ぼすいろいろな障害や疾病と,それに関連する心理的問題を理解する際に,人の記憶というものがどのようになっているのかを理解しておくことはとても役立ちます。なぜならば,私たちひとりひとりが,「自分とはどのような人間なのか」というような自我同一性(アイデンティティ)をもつのも,過去の自分から現在の自分までの一連のつながりを記憶のシステムが持ち続けてくれているからなのです。また,PTSD(心的外傷後ストレス障害)で問題になる「トラウマ」も,危機的な経験を記憶システムが重要な情報として強く記憶に刻んでしまったからにほかなりません。認知心理学の話には難しい話も多くでてきますが,心理的問題を科学的にとらえようとするときに,このような知識が重要になってくるのです。

 

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引用文献

  • Atkinson, R.C. & Shiffrin, R.M. (1968). Human memory: A proposed system and its control processes. The Psychology of Learning and Motivation : Advances in Research and Theory (pp.89-195). Academic Press.
  • Miller, G. A. (1956). The magical number seven, plus or minus two: Some limits on our capacity for processing information. Psychological Review, 63, 81-97.
  • Squire, L. R. (1987). Memory and brain. Oxford University Press.