11: 表象と知識

(公開日:2020年6月30日)

表象(representation)とは

心理学においては,しばしば「表象」という言葉が使われます。国語辞典では,一般的には「象徴」や「シンボル」,「表記」,「記号」といった何かを象徴的に表すものを指す言葉ですが,心理学では「外の世界における事物を表す 心の中の表現」というような意味で使います。そのため,「心的表象」という言葉が使われることもよくあります。

表象には,「アナログ」的な表象と,「命題」的な表象の2種類があります。

アナログ表象」は,「知覚的表象」のことで,「イメージ」あるいは「心像」と呼ばれることもしばしばです。私たちは,実際に目の前に事物がなくても(つまり,知覚対象が存在しなくても),特定の事物に対して心の中に思い描くことができます。「10円玉を思い浮かべてごらん」と言われたら,目の前に10円玉がなくても,私たちは心の中にそれを思い浮かべることができます。このように作られるイメージは,視覚的対象であれば,実際の事物と同様な視覚的な経験を私たちに与えるので,類似体という意味で「アナログ」表象と呼ばれるわけです。心理学において,アナログ表象に関する話題としては,「心的回転」や「心的走査」の研究がありますので,これらは今日,後でご説明します。

もう一方の「命題表象」とは,「意味的表象」です。私の「心理学研究法A」を履修している人は,「因果関係と相関関係」という話題の中で,「科学というものは,世の中の出来事の中に『XならばYである』というような新たな命題を見出したり,まことしやかに言われている命題が 正しいかどうかを検証するのがお仕事だ」なんていうお話をしましたので,この「命題」という耳慣れない言葉を覚えている人も多いと思います。「命題」(proposition)とは,論理学において,正しい(真)か誤り(偽)かを判断できる最小の意味単位です。「リンゴは果物である」というように,私たちが「知識」と呼んでいるもの(つまり「意味記憶」)は,この命題の形で私たちの心の中に存在するのです。これが私たちの世界にさまざまな意味を与えてくれます。心理学において,意味的表象に関連した話題としては,「概念カテゴリー」の関係性や,「意味ネットワーク」のモデル,「スキーマ」や「スクリプト」,「フレーム」といった知識の枠組みなどがありますので,それについても,解説したいと思います。

ちょっと難しい話ではありますが,今日のお話は,私たちの知識というものが心の中でどのように表現されているかを考える際に,とても重要な意味をもつことがらです。

 

心的回転(mental rotation)

シェパードとメッツラー(Shepard & Metzler, 1971)は,2つの3次元物体の像を提示して,それらが同じものか,違うものかを判断させる実験を行いました。2つの図形は平面上で回転しているものもあれば(下の図のA),奥行き方向に回転したものもありました(下図のB)。また,左右が同じ物体の場合(A, B)もあれば,鏡映像関係にある違う物体の場合(C)もありました。実験参加者は2つの物体が同じものかどうかを,できるだけ速く正確に答えるように教示されました。その反応時間の結果が下の図の右側のグラフです。参加者の平均反応時間は,2つの物体像の回転角度の差が大きくなるほど,直線的に長くなっていったのです。このことから,彼らは,私たちは物体のイメージ(心的表象)をこころの中で回転させているのだと考えたのです。この実験は「心的回転」(メンタル・ローテーション)実験と呼ばれ,とても有名な研究として広く知られており,人が,対象の心的表象を実際の視覚像と同じように心の中にもっていて,それを操作することができることを示す(つまり,人がアナログ表象をもっている)証拠と考えられています。

Shepard & Metzler (1971)

 

心的走査(mental scanning)

コスリン(Kosslyn, S. M.)も,人がアナログ表象のかたちで心的表象をもっていると考える有名な研究者として知られます。彼らは,実験参加者に下の図のような島の地図を覚えさせました。地図を覚えた後,実験者は参加者に,地図のなかのある地点(たとえば,砂浜)を指示して,イメージの中でそこに視点を置くように指示しました。それができたところで,実験者は次の地点(たとえば,井戸)を指示して,そこに視点を移動させました。参加者は移動が終わったらすぐにボタンを押すように教示され,その反応時間を測定したのです。

Kosslyn, Ball, & Reiser(1978)

実験の結果として得られた,視点の移動にかかった時間は,地図の中での移動距離が長くなるにつれて,比例して長くかかることがわかりました。このことから,コスリンたちは,参加者が実際の地図を見るのと同じように心の中で地図を走査(スキャン)しているのだと考えました。この研究も,人がアナログ表象をもつ証拠のひとつと考えられています。

Kosslyn, Ball, & Reiser(1978)

 

イメージの命題説

ピリシン(Pylyshyn, Z. W.)という研究者は,上で紹介したコスリンとは違って,心的イメージにおいても,それを解釈した「命題」的な情報が重要な役割をもっていると主張しました。彼の考えは,イメージの「命題説」と呼ばれ,コスリンの「アナログ説」に反対を唱えたことから,これを「イメージ論争」と紹介してあるテキストも多くみられます。ピリシンによれば,心的イメージは,単に外界の情報を写し取っただけの心の中の絵ではないということになります。

視覚的なイメージに言語的な命題が関与していることを示す例として,リード(Reed, 1974)の研究を紹介しましょう。下の図の一番左の図形(図の「2」)の中に,その右側の図形(「2A」から「2E」)はすべて含まれています。しかしながら,その図形が含まれているかどうかを判断させると,難易度がまったく違うのですね。彼の実験では,三角形(2B)が含まれているかどうかという判断は,80人中71人(89%)の実験参加者が平均1.59秒で正しく「はい」と判断することができました。それに対して,例えば,平行四辺形(2D)が含まれているかどうかの判断にかかった時間は1.78秒に伸びただけでなく,正しく「はい」と判断できたのは,78人中11人(14%)にすぎなかったのです。このことから,下の図の一番左の図形(イスラエルの国旗に描かれる「ダビデの星」と呼ばれる図形)は,「正立と倒立の2つの三角形からなる」というように,心の中で命題的に定義されている可能性が示唆されるわけです。

Reed(1974)が用いた刺激の例

イメージ論争のその後についてですが,視覚的な心的イメージに関しては,命題説よりもアナログ説が優位であるというのが現状です。というのは,脳の後頭葉には視覚野があって,そこには網膜座標に対応したマップが存在します。ですから,例えば,実験参加者に三角形を見せながら,視覚野の反応を記録すると,三角形に対応した興奮をとらえることができます。

…で,最近は,三角形をイメージしただけで,どうも後頭葉には三角形を見たときと同じような興奮マップができてるらしいというのがわかってきたのです。それをとらえるには,単純に私たちの目で後頭葉の興奮を見るのではだめで,さまざまなパターンを観察しているときの後頭葉の興奮のパターンを人工知能に学習させることで,人工知能に見ているパターンを映像化することを学ばせます。そうやって学習した人工知能を使って,映像をイメージしたときの脳活動を映像化させると…見えるのですよ (^^)。

ATRと京都大,心の中でイメージした内容の画像化にも成功

このような方法を使えば,私たちが夢を見ているときに,それを映像化することもできるじゃん!…というところまで,すでに研究段階は進んできているのです。すごいですね。

 

概念とカテゴリー

イメージ論争ではどうも分が悪かった「命題」ですが,言語によってさまざまな事物に名前をつけて区別する能力を発展させてきた私たち人間にとって,命題は非常に重要な役割をもっています。ウィキペディアによれば,人が認知した事象に対して,抽象化・ 普遍化し,思考の基礎となる基本的な形態となるように思考作用によって意味づけられたものを「概念」といい,それは命題の要素となる存在です。また,概念は私たちが生きていく上で不可欠な「知識」を構成しています。では,概念は,どのような形で私たちの心の中に存在しているのでしょうか。

「『三角形』という概念について説明しなさい」と言われたら,みなさんは,「3つの角があって」とか「3つの辺で構成されて」というように,三角形の定義を述べると思います。定義とは,ある特徴によって,その対象を他の対象から区別することによってなされます。このような特徴を「定義的特徴」といいます。古代の哲学者アリストテレスは,定義的特徴を使って,神と動物を分類したそうです。動物は「死ぬ」けど,神は「死なない」という特徴があると考えたわけです。また,動物の中で,人は二本足で歩き,言葉を話し…というような特徴を使って,他の動物と区別できるわけです。このように,定義的特徴を表す命題をたくさん使うことで,概念というのは作ることができると,昔は考えたのですね。

論理学的には,アリストテレスのような定義的特徴による概念の表現はできるでしょうが,私たちの心の中で作られている概念も,同じように定義的特徴という命題の集合で作られているかというと,どうもそうでないようなのです。

「羽根があって飛ぶ」のが「鳥」だというような定義もないことはないのですが,「にわとり」のような飛ばない鳥でも,私たちは鳥だと判断します。また,生まれたばかりのひよこのように羽根がなくても,やっぱり鳥だと判断します。「定義」によってすべてを判断しているわけではないのですね。「野菜」と「果物」のように,定義もよくわかっていないけど,日常生活の中で「メロンは果物で,トマトは野菜だね」なんて,なんとなく適当に判断してしまっているものもあります。

こういった概念は,私たちの中では経験を通して作られてきたもののようです。事物に対する概念は「カテゴリー」を形成していますので,カテゴリー形成の仕組みを見ていきましょう。

下の写真は何でしょうか?

おそらくみなさんは「リンゴ」と言ったと思います。カテゴリーには階層があって,上位カテゴリー下位カテゴリーが存在するのですが,この写真をみて「『果物』だ!」と上位カテゴリーを口にしたり,「『ジョナゴールド』だ!」(リンゴの品種)なんて下位カテゴリーを口にした人はたぶんいないと思います。この写真に対する「リンゴ」というカテゴリーを,「基礎カテゴリー」あるいは「基礎対象」と言い,これが,子どもが言語獲得の初期段階で最初に覚えるものの名前に相当します。成人になっても,具体的な写真や絵を見せると,通常,この基礎カテゴリーが最初に思い浮かびます。

私たちの概念は,この基礎カテゴリー(リンゴ,ミカン,椅子,机,自転車,飛行機,鳥,魚など)を中心にして,その上位カテゴリー(果物,家具,乗り物,動物など)と,下位カテゴリー(ふじ,つがる,ジョナゴールドなど)が存在すると考えられています。

ロッシュという研究者たちは,家具,乗り物,果物など,6種類のカテゴリーのそれぞれから20ずつの成員(メンバー)を選んで,参加者にそれぞれの属性(特徴)を列挙させました。その結果,同じカテゴリーに属する20の成員すべてに共通にあげられた特徴は,どのカテゴリーでも1つ以下とほとんどなく,ある成員と別の成員が共有する特徴の種類や数は成員のペアごとに違っていました(Rosch & Mervis, 1975)。つまり,「果物は赤くて丸い」というような定義的特徴によって,私たちの概念カテゴリーは作られていないのですね。彼女らは,ヴィトゲンシュタインという哲学者が提唱した「家族的類似性」によって,カテゴリーの中の成員は結びついているのだと考察しています。父親と母親は遺伝的に共通性がないので互いに似ていませんが,その子どもは両親のどちらとも似た特徴をもっています。それが家族というものにまとまりを形成しているという考え方ですが,私たちの概念も同じように作られていると考えたわけです。

 

プロトタイプ説と典型性効果

あるカテゴリー名(例えば,「鳥」や「魚」)が与えられると,私たちは,もっとも鳥らしい鳥(たとえば,カナリヤ,インコ,ハトなど)や,もっとも魚らしい魚(たとえば,タイ,マグロ,アジなど)についてのイメージを抱きます。人間の概念は,これらの「プロトタイプ」(典型例)によってできているという考えが,概念の「プロトタイプ説」です。

実際に実験において,「カナリヤは鳥である」という文に対する真偽判断の時間は,「ダチョウは鳥である」という文に対する真偽判断の時間よりも速くなります。鳥にはどんな種類がいるかを尋ねると,カナリヤは出てきやすい(つまり典型性が高い)のに対して,ダチョウは出てきにくいのですが,それが,反応時間にも影響するのですね。このような効果を「典型性効果」と呼び,我々の概念がプロトタイプによって作られている証拠だと考えられています。

 

意味ネットワークのモデル

コリンズとキリアン(Collins & Quillian, 1969)は,私たちの概念は,階層構造をもつ意味のネットワークとして存在するというモデルを発表しました。この意味ネットワーク・モデルは,コンピュータによる言語理解のモデルとして有名です。下の図は,彼らの論文にある図ですが,この図において黒丸で表されている点は「ノード」(node)と呼ばれ,「結び目」という意味で,記憶の中に存在する概念を表します。図の中の矢印は,その概念がもつ特性や属性を表します。

Collins & Quillian (1969)の意味ネットワーク・モデル

彼らは,意味ネットワークが階層構造をもつことを調べるために,文の真偽判断の反応時間を計測する実験を行いました。「カナリヤ」を例にとると,真偽判断を行う刺激文は以下のようなものが使われました。

  • レベル0…「カナリヤは黄色い」
  • レベル1…「カナリヤは飛べる」
  • レベル2…「カナリヤは皮膚をもつ」

ここで,レベルとは,階層構造をどれだけまたぐかを意味しています。レベル0の「黄色い」という属性は「カナリヤ」という概念が独自にもつ属性ですが,「飛べる」はレベルが1つ上がった「鳥」がもつ属性,「皮膚をもつ」はレベルが2つ上がった「動物」がもつ属性というわけです。実験を行った結果,真偽判断にかかる反応時間はレベルをまたぐほど長くなることがわかりました。これにより,彼らは,我々の概念は,階層構造をもつ意味ネットワークであると結論しました。

 

活性化拡散モデルとプライミング

コリンズとロフタス(Collins & Loftus, 1975)は,キリアンのネットワーク・モデルを改良して,下の図のような活性化拡散モデルを提唱しました。この図において,概念(ノード)は整然とした階層構造にはなっていませんが,それぞれの概念の中で関係のある者同士はネットワーク(結線)でつながっています。また,相互の関係性が高いほど,近い距離に配置されています。

Collins & Loftus (1975)の活性化拡散モデル

彼らの理論は「活性化拡散理論」と呼ばれ,概念(意味記憶)のネットワークモデルとして広く知られるところとなっています。このモデルの正当性を裏づける実験的証拠のひとつが「プライミング効果」と呼ばれる現象です。

メイヤーたち(Meyer, Schvaneveldt, & Ruddy, 1975)は,実験参加者に,画面上に次々と提示される単語が実在する単語か,それとも意味のない単語かをできるだけ速く正確に判断させる課題(語彙判断課題)を行いました。例えば,「BREAD」(パン)や「BUTTER」(バター),「NURSE」(看護師)は実在する単語(有意味語)ですから「はい」のボタンを押し,「PLAME」や「VEATH」,「TRIEF」は存在しない単語(無意味語)なので「いいえ」のボタンを押すわけです。反応時間を調べたところ,「BUTTER」に対する反応時間は,その単語が「NURSE」の次に出たときよりも,「BREAD」の次に出たときに速くなることがわかりました。また,「DOCTOR」(医者)に対する反応時間は,「BREAD」の次に出たときよりも,「NURSE」の次に出たときに速くなりました。このように,前後の単語に意味的な関連があると,反応時間の促進がみられる現象を「プライミング効果」と呼びます。

「プライム」(prime)という単語には,「導火線に火をつける」という意味があります。私たちがある単語を認知すると,それは私たちの意味ネットワークの中の概念(ノード)を活性化させます(神経細胞を「発火」させます)。すると,その興奮はネットワークを介して近隣の概念にも拡散します。ですから,意味的に近い単語が,次に提示されると(あらかじめ興奮している概念なので)速く認知判断ができるというわけです。

 

意味的プライミングと反復プライミング

細かい話になりますが,プライミング効果には2種類があって,上で話題になっているプライミングは「意味的プライミング」あるいは「間接プライミング」,「連想プライミング」と呼ばれるものです。意味的プライミングは,今回紹介している「語彙判断課題」のように,短い時間間隔で提示される単語に対する意味判断を行わせるとき,連続する2つの単語間に意味的な関連性があると促進効果がみられます。

もうひとつのプライミング現象は,「反復プライミング」あるいは「直接プライミング」と言って,こちらは同じ刺激が繰り返して提示されるときに,2回目以降の認知に促進処理がみられるものです。反復プライミング実験でよく使われる課題としては,「単語完成課題」があります。「8: 記憶の分類」の授業で「長期記憶の分類」のお話をしましたが,その中で下の図のような刺激語の「○」の部分に文字を入れて単語を完成させてくださいというような課題を紹介しましたが覚えておいででしょうか。みなさんは,今,下の図を見てどんな単語を思い浮かべましたか? 以前の授業では「いるか」という単語を見た人は,この刺激語をほとんど「いるか」という言葉で単語にするのだけれど,見ていない人は「くるま」と書く人が多いと言いました。この反復プライミング効果は,単語を見た記憶が,すでに顕在記憶(言い換えれば,意識できる記憶)としては失われていても生じることがわかっていて,潜在記憶(無意識的な記憶)を反映する現象だと考えられています。

反復プライミングは,「不完全図形」と呼ばれる輪郭を削除することによって何の図かわかりにくくした図形においても,一度完全図形を見たことのある人は,(その記憶が失われていても)何の図か当てることができると言われています。「心理学研究法A」を履修している人は,性格検査の説明の中で,「ロールシャッハ検査」というインクのしみが何に見えるかを調べる投映法検査について紹介しましたが,このような検査が存在するのも,我々が,不完全なものを認知するときに,無意識的な記憶(潜在記憶)が影響するからなのですね。

 

認知の枠組み(スキーマ)

「発達心理学」を受講している人は,おそらくもうピアジェの認知発達理論については習っていると思います。ピアジェというフランスの発達心理学者は,子どもの認知発達において,対象を認識し,理解するための認知的枠組みが重要な働きを担っていると考えました。フランス語で「シェマ」と発音するのが,ここでいう「スキーマ」(schema)です。

私たちが外界の事物・事象を認知するとき,私たちはからっぽの心でそれを見つめているわけではありません。私たちの心の中には,過去の経験によって形作られた複雑な知識や経験の枠組みがあって,それを使ってものごとをとらえているのだろうと考えられています。それを説明する概念のひとつが「スキーマ」です。

イギリスの初期の心理学者バートレット(Bartrett, F. C.)も,認知におけるスキーマの役割に注目した研究者のひとりです。彼は,あいまいな図形を参加者に見せて,それを覚えた上で絵に描いてもらいました。次の参加者は,前の参加者が描いた絵を覚えて,また絵に描きました。絵を使った伝言遊びですね。下に示してあるのは記憶による再描画を繰り返した結果です。マントをかぶったフクロウ?のような形は,いつの間にかネコに,顔ではないのに顔のようなパターンは,完全に顔に変化しているのがわかります。私たちは心の中にもっている知識の枠組みに当てはめていろいろなものを見ているのです。

Bartrett (1932)による再描画の繰り返し例(1)

Bartrett (1932)による再描画の繰り返し例(2)

認知心理学の立場からこのスキーマという概念に注目したのは ラメルハートという認知心理学者で,彼は,スキーマをコンピュータに実装可能な「知識表現システム」として位置づけました(Rumelhart, 1975)。ちなみに,同じ年に,米国マサチューセッツ工科大学の人工知能研究所の創設者のひとりであるミンスキー(Minsky, 1975)は「フレーム」(frame)という概念を提唱し,イェール大学で人工知能と認知心理学を研究していたシャンク(Schank, 1975)は「スクリプト」(script)という概念を提唱しており,これらには共通点も多くみられます。

心理学においては,このような知識表現システムは,伝統的に「スキーマ」という用語で説明されることが多いかなという感じです。「フレーム」はスキーマと似たような概念と言えますが,人工知能の分野において,コンピュータに人間のようなトップダウン処理のシステムを実装するための知識表現として発展しています(フレーム理論)。「スクリプト」は,舞台劇の「台本」という意味の言葉として使われたと聞きますが,一連の出来事についての文章を理解したり,それを書き換えたり,要約するコンピュータプログラムの開発に役立っています。

このスキーマのような認知の枠組みがあるからこそ,私たちはコミュニケーションにおいて10の意味を伝えるのに,10の情報をすべてしゃべる必要がありません。たとえば,「レストランに行く」という出来事のスキーマには,「食事をする」という知識以外にも,「お金を払う」とか,お酒好きの大人であれば「お酒を飲む」なんていう知識も一緒に枠組みの中に含まれているわけです。だから,友だちから「今日食事に行こうか」と誘われたときに,返事として,「ごめん,今,金欠なんですよ~」とか,「明日は朝から車がいるので,車を置いて帰れないのですよ~」なんて言い訳をしたりするのです(また,それが通じるのです)。「食事に行く」というだけで「お金を払う」とか「一緒にお酒を飲もう」という意味を伝達しているわけです。

海外など,異なる文化の中で暮らしたりすると,人々のもっているスキーマと,自分のもっているスキーマがずれているので,(言葉の壁とは違うところで)勘違いがおきたりしやすいのは,これが原因ですね。また,自閉性の発達障害をもつかたたちが,よく「想像力が乏しい」と言われるのも,彼らが言葉には含まれないけれども,言葉が同時に伝える枠組み情報をうまく受け取れないところにもその原因の一端があるように思います。

 

出席確認

 

引用文献

  • Bartlett, F. C. (1932). Remembering: A Study in Experimental and Social Psychology. Cambridge University Press.
  • Kosslyn, S. M., Ball, T. M., & Reiser, B. J. (1978). Visual images preserve metric spatial information: Evidence from studies of image scanning. Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance, 4, 47–60.
  • Meyer, D. E., Schvaneveldt, R. W., & Ruddy, M. G. (1975). Loci of Contextual Effects on Visual Word Recognition. In P. M. A. Rabbitt, S. Dornic (Eds.), Attention and Performance V. (pp.98-118.) Academic Press.
  • Minsky, M. (1975). A Framework for Representing Knowledge. in P. Winston (Ed.), The Psychology of Computer Vision. McGraw-Hill.
  • Reed, S. K. (1974). Structural descriptions and the limitations of visual images. Memory & Cognition, 2, 329–336.
  • Rosch, E. & Mervis, C. B. (1975). Family resemblances: Studies in the internal structure of categories. Cognitive Psychology, 7, 573-605.
  • Rumelhart, D. E. (1975). Notes on a schema for stories. In D. G. Brown & A. Collins (Eds.), Representation and understanding: Studies in cognitive science. New York: Academic Press.
  • Schank, R. C. (1975). Conceptual information processing. North-Holand.
  • Shepard, R. N., & Metzler, J. (1971). Mental rotation of three-dimensional objects. Science, 171, 701–703.