6: 調査法(1)

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(公開日:2020年5月21日)

はじめに

今回の新型コロナ感染症(COVID-19)の世界的流行は,しばしばウィルスとの戦いに例えられていますが,このウィルスとの戦いは,社会生活を営む私たちに,疾病との戦い以上のさまざまな影響を及ぼしています。そのひとつは,「自粛」に伴う日常生活における諸活動の抑制によって経済活動がうまく循環しなくなっていることです。就職活動中の4年生や真剣に進路を考え始めた3年生は,今は経済情勢・雇用情勢の変化を見ながら,自分の進路を考える必要性に迫られています。また,感染への不安は,私たちの中に偏見や差別をもたらしたり,「自粛警察」と呼ばれる,自粛要請に応じない人を誤った正当化による正義感や嫉妬心,不安感から攻撃する風潮をもたらしています。このような付随的に生じている問題は,すべて,人の行動がかかわっている問題です。社会の中で暮らす人々がどのような考えや態度をもち,どのように行動しているのか,それを的確にとらえることが,このような社会的問題の理解と解決策の提案のためには必要といえるでしょう。

そのための,ひとつの方法が「調査法」です。

山田(2004)は,心理学研究法の中の調査法を解説する中で,フィールズとシューマンが分析した1969年にアメリカのデトロイトで行われた調査の例を示して,心理学的研究としての調査の意味について論じています。これが,心理学で調査法を使う難しさでありおもしろさでもあるところだと思いますので,簡単に紹介しましょう。ちなみに,「公衆がもつ信念に関する公衆の信念」と題するこの調査報告は,今でもインターネット上で読むことができます(英文ですが ^^)。

半世紀以上も前のアメリカには,まだ人種差別の意識が人々の中に残っていました。そのような中,デトロイト地区の白人住民に対して,まず,以下のような質問を投げかけて回答を求めたのです。

 

1. ある日,6歳の女の子が母親にお友だちを家に連れてきていいかと尋ねました。母親は,そのお友だちが黒人であることを知っています。また,娘はこれまでに白人の子どもとしか遊んだことがありません。母親はどう答えるべきでしょうか?

  • a. 黒人とは遊んではいけないと答える。
  • b. 黒人の子どもとは学校では遊んでいいけど,家によぶのはだめよと答える。
  • c. 黒人の子どもも家に来てもらっていいと答える。

その後,同じ質問に対して,今度は,「2. デトロイト地区の人々はどう答えるか」を答えさせました。また,「3. あなたのご近所の人たちはどう答えるか」についても回答させました。

 

この調査では,1番の質問に対する回答は,回答者自身の態度を反映しているだろうと考えられます。2番と3番は,デトロイト地区やご近所の態度を回答者がどのようにとらえているかが反映されるはずです。

この調査の結果は下の図のようになったんですよ(図は「わからない」などの反応を除いたパーセンテージです)。1番の自分の態度として答えたときは76%の人たちが「黒人の子どもと家で遊んでいいよ」と娘に言うというのに,デトロイト地区やご近所の態度はどうかと推測させると,家で遊んでいいと答えるだろうという人は半分以下に減ってしまうのです。比率だけで言えば,「黒人と遊んじゃだめ」という差別的な態度を反映する回答(水色の部分)は,周りの意見ということにすると5倍以上に増えてしまうのです。

「本音と建て前」という言葉がありますが,このフィールズたちの研究結果では明らかにはならなかったものの,「周囲の意見」ということにすると本音が出てくることはよくあることのように思います。タバコを吸っている人の多くが「いつかはタバコやめよう」と思いながら吸っていたりしますが,タバコを吸っている人に「あなた禁煙したいですか?」と聞いても,たぶん禁煙したいと答える人はそう多くはないはずです。でも,「もう一度生まれ変わったら,やっぱりタバコ吸いますか?」とか,「自分の子どもにもタバコ吸ってほしいと思いますか?」という聞き方にすると,タバコは必要ないね~という意識が出てきます。

調査といっても,単純に現状を数字で把握するだけのものではありません。人間の心や行動を研究対象にする心理学では,人の心の内側にある態度などを測定する道具として使いますので,研究法としての調査の使い方にもいろいろと工夫や注意が必要なのです。今回は,一般的な質問紙調査の作り方や実施方法について簡単にご説明します。

ちなみに,一般的には「アンケート」という言葉がよく使われますが,心理学では,アンケートのことを「調査票」とか「質問紙」と呼んだりすることの方が多いように思います。質問項目についても,心の内側を測る物差しという意味で「尺度」と呼ばれることもあります。このような言葉も知っておきましょう。

 

どんな質問紙があるか見てみよう!

では,みなさんせっかくネットに繋がっているわけですから,どんな質問紙があるのか,見てきてください。下のリンクをクリックしてくださいね。そのあと,質問紙を作成するポイントについて,簡単にお話しします。

質問紙調査の例 ←これをクリック

 

質問紙を作成する(1):質問文

質問紙には,質問文があって,それに対する調査協力者の意見や態度を聞くのが一般的です。たとえば,消費税の引き上げ(増税)に対する意見を聞くとするならば,以下のような質問文が考えられ,これに対して,「反対」,「やや反対」,「どちらともいえない」,「やや賛成」,「賛成」のいずれかで答えてもらうなどするわけです(質問文の例は,磯部,2009による)。

  1. 消費税の引き上げは必要である。
  2. 消費税の引き上げは庶民の暮らしを苦しめる

では,このような質問文を作成するときには,どのような点に気をつけなければならないでしょうか。いくつかの注意点をあげてみます。

ワーディング(言葉づかい)に気をつける

「消費税の引き上げは必要である」という質問文に「やや賛成」と答える人は,全員が「消費税の引き上げは不要である」という質問文に「やや反対」と答えるでしょうか? ラグ(1941)という研究者が行った昔のアメリカ民主主義に対する有名な調査結果の分析例があります(調査はローパーという人が1940年に行ったものだそうです)。この調査では,1300人くらいの人に2つの質問文が提示されて賛否が尋ねられました。ひとつは「あなたは,アメリカ合衆国が,民主主義に反対する公の場での発言を禁止すべきだと思いますか?」という質問で,もうひとつは「あなたは,アメリカ合衆国が,民主主義に反対する公の場での発言を許すべきだと思いますか?」という質問です。その結果は以下のようになったのです(態度として同じものを同じ色の棒グラフで表しています)。この図でわかるように,禁止不許可は同じではないのですね。反民主主義的言動を禁止すべきかという質問に対しては,賛否が半々に分かれるのに対して,許すべきかという質問に対しては,許してはいけないという意見が大半を占めたのです。このように,質問文のワーディング(言葉づかい)だけでも,調査結果を大きく左右することがわかります。

暗黙の仮定(ステレオタイプ的見方)に注意する

性別や人種,専門的能力,教育などについて問題にするときには,社会一般的に浸透している先入観や思い込み,固定観念,偏見などステレオタイプの影響を受けないように注意する必要があります。例えば,高齢者に対するアンケートで「スマートフォンの使い方は,誰に教えてもらいましたか?」などと尋ねるならば,その背景には「高齢者は機械音痴でスマートフォンの使い方がわからない」という暗黙の仮定ステレオタイプ的見方)があることになります。エンジニアの経験のある高齢者もたくさんいらっしゃるのですが,この質問ではそういう人々の存在を視野に入れていないことになります。

ダブルバーレル質問(二重の質問)をしない

「ダブルバーレル」とは二連発の鉄砲のことで,それをしないということは,1回の質問で2発の弾を撃っちゃだめよということです。例えば,「あなたがお使いのスマートフォンのデザインや機能に満足していますか」という質問は,「デザイン」に対する満足度と「機能」に対する満足度を同時に測ってしまっていますので,その結果が,どちらを反映しているかがわからなくなります。

コンテクスト効果(文脈の効果)に注意する

調査はさまざまな目的があってなされるものですが,その背景的な要因が回答者に伝わることによって,回答がゆがむことがよくあります。例えば,「この1週間にどのくらいビールを飲みましたか?」という質問を,スーパーの飲料品コーナーで質問されるのと,職場の健康診断時に質問されるのとでは,(私は)絶対回答が変わってきます! 実験法のところで,順序効果に気をつけようというお話をしましたが,「キャリーオーバー効果」もよく知られる文脈効果です。「広島県が毎年○○本の木を植林していることをご存じですか?」と尋ねた後に,「広島県の環境政策に対する評価」を尋ねれば,先の質問がないときに比べて評価はあがるかもしれません。

主要な注意点に限って,簡単に紹介しましたが,このように質問文ひとつにしても,いろいろと注意しなければならないことがあります。だから,心理学で調査法を勉強すると,日常でよく回答させられるアンケート調査の中に,まずい作りのものがたくさんあることがわかるようになります。みなさんにもぜひそうなってほしいですね。

 

質問紙を作成する(2):回答形式

調査協力者からどのような形で反応を取り出すか(回答形式)も非常に重要な役割をもちます。

自由回答法(自由記述法)

「消費税増税についてどう思いますか」というように質問文で尋ねて,回答欄に自由に記述してもらうような方法を「自由回答法」あるいは「自由記述法」といいます。結果を数量的に分析しにくいのですが,調査側が想定している枠組みにとらわれない回答が得られるという利点もあります。ある事象に対して,まずは社会や集団の中にどのような意見があるかを知りたいというときに,しばしばこの方法が使われます。

単一回答法

いくつかの選択肢の中から,あてはまるものをひとつだけ選んでもらうような回答方法です。基本的には,選択肢は考えられる回答のすべてを網羅して,重複がないようにしておく必要があります。

(例)あなたのお住まいは次のどれに該当しますか。
1. 持ち家(一戸建て) 2. 持ち家(一戸建て以外) 3. 賃貸住宅  4. その他

複数回答法

あてはまる回答を複数選んでもらう回答方法です。選択肢からあまりにも多く選ばれそうなときには,「3つまで選んでください」というように制限を設けることもあります(制限複数回答法)。

(例)商品を選択するときに重視するポイントにすべて○をつけてください。
1.デザイン 2.色 3.柄 4.ブランド 5.値段 6.素材

強制選択法

対立する2つの意見などを提示して,必ずどちらかを選んでもらうような回答方法です。

(例)現在の政府に期待することとして,あてはまると思うほうに○をつけてください。
1. 経済対策  2. 環境対策

評定法

多段階の選択肢の中からひとつを選んでもらう方法で,心理学では,多くの場合,心理尺度化を目的とします(尺度化については,次回の授業でお話しします)。5段階や7段階,または「どちらでもない」を除いた4段階や6段階が多くみられます。

 

質問紙を作成する(3):質問の配列

質問紙は複数ページにまたがる冊子になることが多いのですが,その構成(質問項目の配列)の原則についてもお話ししておきます。ただし,これはあくまでも原則であって,質問紙の内容や研究上の配慮等で,配列方法が変わることもしばしばです。みなさんが,大学の研究などで質問紙を使った調査を実施するときには,ゼミの指導教員の先生などがついていらっしゃいますので,わからないところは経験豊かな先生に尋ねるのが一番です。

  • 一般的で答えやすい質問を最初におく。
    • 人は,どうしても最初は身構えてしまいますので,答えやすい質問を最初においておくと,回答に対する抵抗が少なくなると言われています。
  • プライバシーにかかわる質問は最後にもっていく。
    • 研究参加者との協力的な関係(ラポール)は,人の内面を調べようとする心理学では特に大事ですから,プライバシーに関する質問が最初にあると身構えてしまいやすくなるため,それらを最後に置くことがあります。しかしながら,最近の調査研究では,質問紙の表紙(フェイスシート)に研究内容の説明や協力のお願いを書いておいて,研究者がそれを丁寧に説明して研究参加への同意を得ることも多く,フェイスシートで研究同意の確認と一緒に対象者の性別・年齢などの個人情報を書いてもらうやり方もよく行われます。
  • 重要な質問はできるだけ前におく。
    • どうしても後にいくほど疲労や飽きが強くなりますので,研究上特に正確に知りたい,重要な質問は前の方に置くのが一般的です。
  • 意識や意見を尋ねる質問は,事実に関する質問より前におく。
    • 事実に関する質問は心理的負担が少なく,飽きの影響も少ないからだそうです。
  • 同じテーマの質問はできるだけまとめて配置し,ガイダンスの文章を入れる。
    • 調査者の質問の意図が回答者にわかりやすい方が,回答者が困惑しにくいからだそうです。
  • 回答者の興味が持続するように,質問内容や形式を適宜変更する。
    • 回答が単純作業化すると,よく考えずに回答してしまうことも多いので,適度な変化が必要なのですね。

 

調査の実施

調査の実施方法にもいろいろな方法があります。

  • 面接調査
    • 調査員が直接対象者に面接し,口頭で質問して回答を記録します。
  • 留め置き調査
    • 調査員が対象者に調査票を渡した後,一定期間それを留め置いて,自記式で回答してもらったものを後日回収します。
  • 電話調査
    • 電話をかけて,調査票に従って質問を行い,回答を記録します。
  • 郵送調査
    • 調査票の配布・回収を郵送で実施し,自記式で回答してもらいます。
  • Web調査
    • インターネット上のホームページを使って回答してもらい,データを収集します。
  • 集合調査
    • 対象者に1か所に集合してもらい,調査員の指示に従って一斉に調査票に回答してもらいます。

みなさんが大学で授業を受けていると,先輩たちの卒論研究や修論研究の調査協力を依頼されることがしばしばあると思います。多くは,授業担当の先生に,授業の終わりの10分くらいを提供していただいて,一斉に実施するので,やり方としては「集合調査」になります。他の調査方法に対して,手間もかからず,回答の回収率も高いので,大学内ではよくやられるのですが,どのような方法を使うにしろ,調査は調べたい対象者集団の全体である母集団(例えば,日本の国民全体など)から,無作為に抽出された標本(サンプル)に対して行うのが原則です。そういった意味で,安易な調査は,どうしても調査対象者が母集団を代表する標本になっていないという問題をもちやすくなりますから,気をつけなければなりません。

 

以上,今日の授業では,調査法の1回目として,質問紙(調査票)の作成と実施に関してご説明しました。次回は,調査において欠かせない「尺度構成法」と「多変量解析」についてお話しします。やっぱり2回目はちょっと難しい話になりますが,どうぞよろしくお願いします (^^;)。

 

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引用文献

  • Fields, J. M. & Schuman, H. (1976). Public beliefs about the beliefs of the public. Public Opinion Quarterly, 40, 427-448.
  • 磯部 智加衣(2009).尺度構成1―リッカート法― 宮谷 真人・坂田 省吾・林 光緒・坂田 桐子・入戸野 宏・森田 愛子(編) 心理学基礎実習マニュアル(pp. 150-153) 北大路書房
  • Rugg, D. (1941). Experiments in wording questions: II. Public Opinion Quarterly, 5, 91–92.
  • 山田 一成(2017).調査法―相関で探る心と社会― 高野 陽太郎・岡 隆(編) 心理学研究法―心を見つめる科学のまなざし―(補訂版)(pp. 182-211) 有斐閣