14: 研究倫理

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(公開日:2020年7月17日)

授業の評価について

今回が14回目の授業で,話題提供としては最後になります。

来週は,授業の「まとめ」として,理解度チェック(確認テスト)を行います(木曜中に配信する予定ですが,最近会議なども多く,間に合わなければ金曜になるかもしれません。そうなったらすみません)。理解度チェックは配信されたら1週間以内にやってください。

スケジュールは以下のようになります。

  • 7月17日(金)
    • 14回目授業(研究倫理)
  • 7月23日(木)予定
    • 15回目授業(理解度チェック・確認テスト)
  • 15回目授業配信から1週間後の24時
    • 理解度チェックの〆切

授業の評価は,以下の2つで評価します。

  • (1) 毎回googleフォームで送っていただいた意見・感想・質問等を5点満点で評価させていただいて,その合計得点を100点満点に換算します。
  • (2) 理解度チェックの点数を100点満点に換算します。

上記(1),(2)の点数の高い方を評価得点とします。

  • 秀…90点以上
  • 優…80点以上,90点未満
  • 良…70点以上,80点未満
  • 可…60点以上,70点未満
  • 不可…60点未満
  • -(棄権)…授業の履修が10回に満たないもの

履修が10回に満たない人は単位放棄となりますので,未受講の授業がある人は15回目授業の〆切までに授業を受けて,出席確認のgoogleフォームを提出しておいてください。

どうぞよろしくお願いします。

 

はじめに

1890年代の終わりころ,消化作用の研究を行っていたロシアの生理学者イワン・パブロフは,実験に使っていたイヌが,口の中に餌や異物が入ったときだけでなく,白衣を着た助手がエサをもってきただけで唾液を出し始めるのに気づきました。そこで彼は,毎回,実験室にエサをもち込む前に,イヌにメトロノームのカチカチという音を聞かせることにしました。すると,2-3日後に,イヌはメトロノームの音を聞いただけで,たとえ餌が見えなくても唾液を分泌することがわかりました。1901年のこと,条件反射(古典的条件づけ)の発見です。

1919年,行動主義心理学を提唱するジョン・B・ワトソンと,彼の大学院生のロザリー・レイナは,パブロフがイヌに対して行った条件づけが,人間にも同様に有効かを調べる実験を行いました。実験参加者となったのは,当時,病院で孤児として育てられていた9か月の赤ん坊アルバート・バーガーくんでした。彼は,のちに「アルバート坊や」として,心理学者の間で広く知られる存在になりました。

イヌが唾液を分泌するのは生まれつき備わっている反射です。人間の赤ん坊が大きな音にびっくりして泣き叫ぶ恐怖反応も,生まれつきの反射的行動だと考えられます。そこでワトソンたちは,次のような実験を行いました。

まず,アルバート坊やは,白いネズミ,ウサギ,サル,犬,髪の毛のついたマスクとないマスク,そして白い綿を与えられました。アルバートはさまざまな動物や物に興味を示し,それらに手を伸ばし,触れることもしましたが,そのどれに対しても恐怖を見せることは決してありませんでした。その後,大きな騒音に対する反応を見るため,ワトソンたちは,鉄の棒をハンマーで叩いて大きな音を出しました。すると,アルバート坊やは驚いて泣き出しました。白いものは怖がらないけれども,大きな騒音は怖がることがわかりましたので,これで実験準備が整いました。

実際の条件づけ実験は,アルバート坊やが11か月になったときに行われました。実験では,アルバートに白ネズミと騒音を同時に提示しました。最初,アルバートはネズミに興味があり,それに触れるために手を伸ばしました。そのタイミングで鉄の棒が叩かれ,アルバートを驚かせ,怖がらせました。このプロセスを3回繰り返した後, 1週間後にも同じ手順が行われました。ラットと騒音を合計7回対提示した後,騒音なしでネズミだけがアルバートに提示されました。騒音がなくても,アルバートはネズミに対して極端な恐怖反応を示しました。彼は泣き始め,背を向け,ネズミから離れるように転がり始め,あまりにも速く這い始めたので,研究者たちはテーブルの端から這い出る前に急いで彼を捕まえなければならなかったそうです。

アルバート坊やの騒音に対する反応は,以下のように記述されています(Davis, 2015; 山崎訳, 2016)。

「アルバートは勢いよく跳び上がった。息は止まり,特徴あるやり方で両腕を上げた。2度目に音を鳴らしたときも同様の反応を示し,さらに口をすぼませ唇を震わせた。3度目に鳴らしたときは,アルバートは突然泣き出しひきつけを起こした。このとき,アルバートは研究室で初めて怖れを見せ,さらに泣き出したのである。」

翌週の検査で,アルバートは,犬,白い毛皮のコート,綿のパッケージ,およびワトソン自身の白髪の頭を見せられても,恐怖反応を示しました。下の表はこの5日後に行われた4回目の実験の内容です(Hock, 2005)。

第1試行(積み木):いつものように積み木で遊んだ。第2試行(ネズミ):怖がって後ずさりしたが、泣いてはいない。第3試行(ネズミ+騒音):恐怖で泣いた。第4試行(ネズミ):恐怖で泣いた。第5試行(ネズミ):恐怖で泣きながら這って逃げた。第6試行(ウサギ):ネズミほどではないが恐怖を示した。第7試行(積み木):いつものように遊んだ。第8試行(ウサギ):第6試行と同じ反応。第9試行(ウサギ):第6試行と同じ反応。第10試行(ウサギ):少し怖がったが、ウサギに触ろうともした。第11試行(イヌ):怖がって後ずさりした。第12試行(イヌ+騒音):怖がって這って逃げた。第13試行(積み木):いつものように遊んだ。

その後,アルバート坊やは,養子になることが決まり,退院する予定となりました。そのために31日間研究は中断されたのですが,その中断の後,彼は,サンタクロースのマスク,白い毛皮のコート,ネズミ,ウサギ,犬を見せられます。アルバートはその時も,これらのものを大変に怖がったことが記録されています。

これが,人間でも古典的条件づけが成立し,それが,条件刺激以外の類似した刺激にも般化しうることを証明した有名な実験です。また,残念なことに,この研究は,その残酷さでも有名な研究となりました。

 

アルバート坊やのその後についてはいろいろな調査が行われましたが,アメリカの心理学者たちも,誰一人,彼にたどり着くことはできませんでした(Beck, Levinson, & Irons, 2009)。したがって,白いものに対するアルバート坊やの恐怖がその後も続いたのかはわかりません。彼は1987年に亡くなったそうですが,彼の姪によれば,アルバート・バーガー氏はとにかく犬嫌いだったそうです(Davis, 2015)。

 

「倫理」とは何か

ワトソンたちがアルバート坊やに対して行ったような実験は,明らかに倫理に反する行為です。この研究は,当時も大きな論議を引き起こしていますし,決しておこなってはならないことだということはみなさんもおわかりだと思います。

では,「倫理」とは何でしょうか。「倫」という字は「守るべきみち」という意味と同時に,「人の輪」や「仲間」という意味があるそうです。「理」は,心理学にも含まれていますが「ことわり」や「決まりごと」というような意味があります。

日本看護協会がホームページで倫理について説明している記述がわかりやすいなと思って,毎年,授業で紹介しているので,それを引き合いに出して説明させてください。

「道を歩いていると,血を流した人が倒れていました。あたりを見渡しましたが,近くにはあなたしかいません。どうしますか?」

  • (1)すぐに駆けつけて救護する。
  • (2)ひとまず119番に通報する。
  • (3)ひとりではどうしたらよいのかわからないので,誰かが通りがかるのを待つ。
  • (4)怖いので,見なかったことにして 通りすぎる。

人によって反応はさまざまですし,(4)を選ぶだろうという人もいらっしゃるはずです。でも,たとえ(4)を選んだとしても,私たちはどこかに「うしろめたさ」を感じるのですよね。これは,行動がどうであるにせよ,私たち自身が,「人の命は尊い」とか,「命を助けることは善いこと」と判断しているからにほかなりません。「倫理」とは,私たちが,社会の中で何らかの行為をするときに,「これは善いことか」,「これは正しいことか」を判断する際の根拠となるものです。

したがって,「倫理」は,一言でいえば,私たちが社会生活を営む上で共通にもつ「こうするべき」「こうあるべき」という決まりごと (社会的規範)といえます。

なお,「法律」は,このような社会的規範がルールとして明文化されたものですが,法には強制力があって,それに違反すると罰せられる仕組みがあります。それに対して,「倫理」は,法よりも広い領域をカバーしており,私たちが文化の中で共有することによって主体的に守っていくべきものと言えます(「マナー」と呼ばれるものも,倫理と同様,法よりも広い概念であり,私たちが積極的に意識して守るべきものといえますので,それに近い概念と考えていただければと思います)。

 

心理学研究にかかわる者の責任と義務

心と行動を研究する心理学においては,研究対象として人間を使って実験や調査などを行います。ですから,法律のように罰せられる仕組みがないからといい加減に済ませることはできず,より積極的に倫理というものを意識して行動する必要があります。

そこで,日本の心理学研究において中心的な役割を担っている「日本心理学会」において「倫理規定」が定められています。これが,日本の心理学関係者の多くが,研究や職務を行う際の指針となっています。倫理規定のPDFファイルが公開されているホームページへのリンクを張っておきますので,興味のある人はぜひ見てみてください(日本心理学会 倫理規程)。

日本心理学会 倫理規定では,その理念として,以下の3つの点から,心理学研究にかかわる者の責務と義務が述べられています。

「社会」に対する責任と義務

研究は,人々の健康と福祉の増進,自由で平等な社会の発展,世界の平和や自然環境の保護といった社会的価値に反するものであってはなりません。心理学研究を行う者は,社会に対して誤った情報を提供したり,心理学の知識の過剰な一般化によって人々を欺いたり混乱させることがないように努めなければなりません。

「個人」に対する責任と義務

研究は,すべての人間の基本的人権を侵してはなりません。心理学研究を行う者は,研究においても,教育や実践活動においても,研究対象となる人々や,共に活動する人々の権利を尊重し,これらの人々が所属する家族,団体,地域社会に不利益をもたらすことのないように配慮しなければなりません。また,人間以外の動物を研究対象とする場合も,生命に対する尊厳をもって接し,動物の福祉に配慮しなければなりません。

「学問」に対する責任と義務

研究は,心理学領域における研究や実践の発展に貢献することが期待されます。心理学研究を行う者は,研究においても,教育や実践活動においても,科学的態度を堅持し,真理を追究するとともに,研究の社会的有用性を追求しなければなりません。

 

学部生が研究を行う上で特に留意すべきこと

みなさんたちの多くは,今年から大学での4年間の学びを始められたところですが,1-2年生の間には心理学の諸領域を広く学びながら,自分の興味のあることをいろいろと探していただければと思います。心理学のいいところとして,世の中で起こるさまざまな事象には必ず人間が(ということは,人間の心が)かかわっていますので,どんなテーマでも,心理学の研究テーマとなりうるところです(教員が研究を指導できるかどうかは別にして)。また,心理学では,さまざまな研究手法も使えます。

3年生になると,みなさんはそれぞれの興味に応じて,教員が主宰するゼミ(研究室)に所属して研究活動を行うことになります。実験をするか(私のゼミは実験と実験法を応用した実践を行うゼミです),調査研究をするか,機会は少ないですが検査を使ったり,面接調査をすることもあり得ます。そのようなときに,これだけは押さえておいてほしい,倫理的な指針について,以下にご紹介します。

研究参加者の保護とリスクの最小化

研究者は,身体的・精神的なあらゆる苦痛や危害から研究参加者を保護しなければなりません。また,参加者が被るかもしれないリスクを最小化しなければなりません。

たとえば,人間がもつ自尊心が,作業課題に対する意欲や成績にどのように影響するかを調べたいとします。このようなときに,知能検査などをして,実際よりも低い結果をフィードバックすることで参加者の自尊心を傷つけ,低下させるような実験操作を行うことは望ましい方法とはいえません。そのため,一般的には,標準化された自尊心尺度(質問紙)によって参加者の自尊心を測定するとともに,全員に何らかの作業課題をやってもらって,それに対する意欲や作業成績を調べ,その相関を検討するというやり方が行われます。ただし,このような方法では,相関関係はわかっても,因果関係はわかりません。したがって,因果関係を検討するための実験を行うならば,その研究の社会的価値や,研究参加者へのリスク,倫理的配慮の有効性など,さまざまな観点からの社会的な議論を経て,その研究の可否を判断することになります。

インフォームドコンセントと自発的参加

インフォームドコンセント」とは,十分な情報を得た(十分な説明を受けた)うえでの合意を意味する言葉です。

研究者は,研究対象者に対して,研究の目的や方法,予想される不快感や苦痛なども含む 研究過程の全般的情報,データの取り扱いや研究成果の公表方法,研究終了後の対応などについて,研究を開始する前に十分な説明を行い,理解されたかどうかを確認した上で同意を得なければなりません。説明を行う際には,研究に関して誤解が生じないように努め,研究対象者が,自由意志で研究参加を決定できるように配慮する必要があります。

デブリーフィング

研究においては,研究の必要上,事前に全ての情報を参加者に開示できない場合があります。たとえば,実験目的をあらかじめ参加者に知らせると,結果に歪みが生じることが予想される場合は,本当の目的を知らせなかったり,別の目的であると偽って実験を行うことがあります。これを「ディセプション」(deception)と言います(意味は,直訳すれば「嘘をついてだますこと」です)。

研究の必要上,ディセプションを行った場合には,必ず「デブリーフィング」(debriefing)という手続きが必要です。デブリーフィングとは,ブリーフィング(briefing, 事前の説明・打ち合わせ)の逆で,研究や実験が終了した後に,参加者に与える説明のことです。

ディセプションが行われた実験では,実験終了時に十分な時間を取って,研究の目的,仮説,方法,その研究の科学的意義・社会的意義などを説明し,なぜディセプションを用いざるを得なかったか,なぜきちんとしたインフォームドコンセントを実行できなかったかを,丁寧に説明して納得してもらう必要があります。

匿名性と守秘

心理学の研究においては,その性質上,個人情報が収集されることがしばしばです。

研究で収集する個人情報は,研究目的に照らして必要なもののみとし,むやみに広げてはいけません。具体的にどのような情報を収集するかについては,インフォームドコンセントの手続きにしたがって,事前に説明した上で,同意を得ておかなければなりません。また,研究で知り得た個人情報については,研究対象者の関係者や所属集団・組織などに漏洩することがないよう,厳重に保護・管理しなければなりません(守秘)。研究上の必要性が消失した場合には,これらの情報は速やかに廃棄しなければなりません。保管する時には,紙媒体の情報は施錠できる場所を利用し,電子媒体による保管も媒体を施錠管理したり,アクセスできる者を限定しておかなければなりません。一般的には,万一のことを考慮して,研究データは個人を特定できる情報を切り離して(匿名化して)保管するように努めます。

研究成果の公表時の個人情報保護についても,十分な注意が必要です。研究発表等においては,研究対象者やその所属団体・組織名が特定できる情報は,匿名化するなどの工夫を行わなければなりません。

 

倫理審査

倫理とは,私たちが社会生活を営む上で共通にもつ「こうするべき」「こうあるべき」という社会的規範と最初にいいましたが,その規範は,100人いれば確実に100人に共有されるものとは限りません。マナーに対する考え方や行動に,人それぞれである程度の違いがあるのと同様,倫理に関する判断も,人によって違うことがしばしばあります。したがって,大前提として,ひとりの研究者がおこなう倫理的配慮にはどうしても限界があることを知っておく必要があります。

そのため,全国の研究機関には,それぞれの研究分野の専門家,法律や生命倫理の専門家,一般の立場の人,外部の専門家,男女両性を含む委員で構成された研究倫理に関する審査委員会が設置されています。そこで,研究者は,研究の実施に先立ち,自分が所属する組織や研究が行われる組織の倫理審査委員会に,具体的な研究計画を示して承認を受けることを行います。

もちろん比治山大学にも倫理審査委員会があり,学生も倫理審査を受けられますので,ぜひ利用していただければと思います。

 

おわりに

新型コロナウィルスの問題のため,やむなく遠隔授業で,これまで14回の授業を行ってきました。

どのような授業のやり方をしたらいいかもわからないままに,1年生のみなさんも何もない状態で自宅待機が続いていて不安だろうし,とりあえずホームページをつくってそこで授業をしてみようと開始しましたが,知覚・認知心理学の授業とこの授業で,毎回それぞれ1万文字くらいの分量のページを書くので,実は大変でした。

大学の授業は,高校までの授業と大きく違うところがあって,文部科学省が定める学習指導要領のようなものがあるわけではありません。授業を担当する大学教員ひとりひとりに授業の内容は任せられています。授業をするからには,もちろん,その中身も十分なものでなければならないのですが,学生さんたちに,単に市販のテキストを読ませるだけの授業ならば,大学教員がいる必要がありません。特に,遠隔授業になってから,(文字通り,大学教員はみなさんの前にいないのですから)大学教員がいる意味ってあるんだろうかと自問しながら,知識は教えながら,私なりの授業ができないかと,(能力とスキルに限界があるのですが)工夫をしながら授業をやってきたつもりです。

大変だったのですが,正直なところ,毎回みなさんにいただく感想・質問に励まされながら,ここまでやることができました。どうもありがとうございました。

このページのブログの部分はいずれクリアしようと思いますが(資料室に移動させようと思います)。授業ページは,そのまま残しておこうと思っています。ですから,何かまた気が向いたときに復習するなり,読み返すなりで使っていただけるようでしたら幸いです。

 

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引用文献

  • Beck, H. P., Levinson, S., & Irons, G. (2009). Finding little Albert: A journey to John B. Watson’s infant laboratory. American Psychologist, 64, 605–614.
  • Davis, A. H. (2015). Pavlov’s Dog. Elwin Street Productions.
    (デイヴィス, A. H. 山崎正浩(訳) (2016).パブロフの犬―実験でたどる心理学の歴史― 創元社)
  • Hock, R. R. (2005). Forty studies that changed psychology: Explorations into the history of psychological research (5th ed.) Pearson Education.
  • 岡 隆(2017).心理学に特有な問題 高野 陽太郎・岡 隆(編) 心理学研究法―心を見つめる科学のまなざし―(補訂版)(pp. 158-179) 有斐閣
  • Watson, J. B., & Rayner, R. (1920). Conditioned emotional responses. Journal of Experimental Psychology, 3, 1-14.